第45話 君がいるから頑張れる

 それから時間は経って……俺以外は3周走り終わったらしい。順番はヒナノ→委員長→草刈の順だった。


 女子強いな。それとも男子側が弱いだけなのか……恐らく後者だろう。


「ほい、みんなドリンクあるよー」


 そして高円寺は、走り終わったみんなに飲み物を配っていた。


「……済まない、高円寺」


「ありがとうでござる……ふぃ……疲れたですぞ」


 2人は疲れきっているようだったが、どこかスッキリとした表情をしていた。やり切った感があるからだろうか…………そして。


「よーし、終わったね。そんじゃ次はどこ行く? 海? 山?」


「……」


 高円寺は明るくそう言ったが……続けて賛成する者は誰もいなかった。


「もっ、もう我は動きたくないでござるよ……! 早く家に帰って……横になってアニメを見たいでござる……」


「……シャワー浴びたい。もう帰ってもいいか?」


 まぁそうなるよね。


「あらら、そんなお疲れでしたか……」


「心美ちゃん。みんなで遊ぶのはまた今度にしよう?」


 ヒナノが高円寺に提案する。そしたら当然の如く、高円寺は頷いて。


「うんうん、そうだねー。この状態だと楽しめるものも楽しめないから……」


 そう言って高円寺はスマホを取り出した。そして。


「じゃ、また誘うから……連絡先教えて?」


 みんなにそう聞いた。ああ……そういやまだ交換していなかったんだな。


 ……というか俺もヒナノ以外の連絡先知らないや。ちょうどいいし俺も交換してもらおう。


 思った俺はスマホを取り出して……3人と連絡先を交換したのだった。


 ──


 それで今日はもう解散となり、委員長と草刈はさっさと帰ったのだが……ヒナノは全く帰る素振りを見せなかった。


 それに何やら悩んでいるような表情をしている。


 どうしてだ? と疑問に思った俺は……高円寺に聞いてみることにした。


「なぁ、どうしてヒナノは帰ろうとしないんだ?」


「何でウチに聞くの……ほら、直接聞いてきなって」


「えっ」


「いいから行けっ!」


「わっ、わぁ!」


 俺は高円寺に後ろを押されて……バランスを崩しながら、よろよろとヒナノの方へと進んで行った。そしたらヒナノは俺に気付いたようで。


「わっ……シュン君。どうしたの?」


「えっ、えっと……どうしてヒナノ帰らないのかなって」


「……私は、もう少し走って行こうかなって」


「そっ、そうなんだ……」


「……」


「……」


 会話がたどたどしくなってしまう。あれっ? いつもはこんな感じじゃなかったよね?


 もっと普通に喋れたはずなのに……普通? 普通ってなんだ? そもそもどうやって喋っていたっけ?


 あー!! 助けてくれ、こうえもんー!!


 俺は助けを求めて高円寺の方を向いてみた……けれども。


「……」


 すごい鋭い目で、何かジェスチャーしていただけだった。もっとガンガン行けみたいなことでも言っているのだろうか。


「えっと……じゃあ私、走りに行くね?」


「あっ……まっ、待って!」


 思わずヒナノを呼び止めてしまった。練習の邪魔なんてしたくないのに……!



「シュン君……何かな?」



 何か言葉を紡げ……! 俺っ!!



「おっ、俺も……一緒に走っていいかな!」





 ────言って自分でも驚いた。


 さっきリタイアした奴が何を言っているんだ? あんなにヒィヒィ喚いて。苦しんで。逃げ出して。


 それなのに……まだ俺はヒナノの邪魔をするのか?


「……」


 ヒナノは何も言わなかった。当然だ。こんな俺が着いてきたら練習の邪魔にしかならないだろうから。


 でも……ヒナノは優しいから言えないんだ。だから代わりに俺が言わなくちゃ……「やっぱり止めとく」って。





「あっ、えっと……足引っ張るかもしれないし。いやもう俺を置いてってもいいからさ! 」


 ……どうして。俺の心と言葉が一致しないんだ? ……分からない。どっちが本心だか……分からない。


 そしてヒナノは。


「分かった」


 と一言呟いた。


「……」


 本心だろうが何だろうがともかく……俺からヒナノに言ったのだから、今回は死ぬ気で走ろう。


 そう決意した俺だった。


 ──


 そしてまだ残っていた高円寺の合図によって、俺らは同時にスタートした。


 ……序盤の俺はヒナノと並んで走った。さっきまでの俺とは本気度が違う。文字通り死ぬ気で走ったんだ。


 ……走っている間は余計なことを考えなくて済む。だから少しだけ気持ちが楽になったんだ。


 何だか走るのが趣味な人の気持ちが、ほんの少しだけ分かってきた気がしたよ。


 ……しかし。それで体力が増えるか、と言ったらそういう訳でもなくて。


 俺はまた呼吸が苦しくなって……足を出すスピードが徐々に落ちてしまう。


 でも。でもヒナノが一緒に走ってくれているんだ。歩くなんて醜態を見せる訳には……いかないっ……!!


「……シュン君、大丈夫? もう少しスピード落としてもいいんだよ?」


 俺を心配してくれているのか、隣でヒナノが言う。


「……だっ、だいじょぶ、だから」


「本当に?」


「うっ……うん……!」


「……そっか。分かった」


 ヒナノはこれ以上は何も言わないで、ペースを変えずに走って行った。


 ……次第にヒナノの背中が遠くなっていきそうになる……けど。俺は。また。必死に追う。抗う。走る。


 足が限界だって警告を出しているけど……そんなのはお構い無しだ。ヒナノが離れて行く方が……俺は嫌なんだよ。


 また俺は足に力を込めて、ピッチを早くする。まだあの人の……ヒナノの隣を走りたいから。


 ずっと傍にいたいからッ……!!


「はぁっ……はぁっ……!!!」


 耐えろっ……俺!! 堪えろっ……俺っ!!


「シュン君、もう少しだよ。頑張って!」


「……!!」


 その言葉で俺は……不思議と力が湧き上がってきた。俺はこんなにも単純な人間か……と笑いが出てしまいそうになる……けど。


 ヒナノの言葉1つで、いとも簡単に限界を超えてしまう……それが俺。藍野隼也なんだ。


 ……見えてきた。最初のスタート地点だ。


 つまり……もうすぐ1キロ。最後までヒナノと一緒にということになる。


「うっ……うおーっ!!!」


 俺は最後の力を振り絞って……走る。そして。



 ────スタートラインを超えた。


 超えたのを確認した俺は……たまらず座り込んだのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……!!」


 息が上がり何も言えないけど……俺は。やり切ったんだ。走り切ったんだ!!


 俺は……拳を天に掲げた。


「シュン君! 本当に凄いよ! 陸上部のスピードで1キロ走り切るなんて! 」


「はぁ……あっ、ありがとう」

 

 ……ヒナノはそう言ってくれるが、それでもスピードはかなり落としてくれていたように思える。


 そう、例えるならアップくらいのスピード……ん? アップ? えっ、アップ?


 ……まぁ。アップも陸上部のスピードだよな。この辺にまでなるともう言葉遊びのレベルなんだが。


 そしてヒナノは立ち上がり……ピトっと俺の頬にスポーツドリンクを押し当ててきた。


「わっ!」


「えへへ……シュン君、本当にお疲れ様! とーってもカッコ良かったよ!」


「…………えっ、えっ!?」


 疲れていたから思わずスルーしそうになったが……今。言った。ヒナノが……俺のことをかっこいいって……!!


 えっ、どうしよう嬉しい嬉しい嬉しい……!!! ヤバイヤバイ。語彙力が死んでるよ!!!


 そしてヒナノは悪戯っぽく笑って。


「ふふっ! この前の仕返しだよっ!」


「えっ……!?」


 ……まっ、まさか。こんな状態でカウンターを喰らうとはな。やっぱりヒナノには驚かせられるよ。


「よーし、お2人さん。もう良い時間だし帰ろうか!」


 少し離れた場所で高円寺が言う。


「ああ」


「うん!」


 俺達は高円寺の言葉に従って……帰ることにした。


 帰り道ではヒナノと高円寺で喋りながら帰ったんだ。途中でいつものようにヒナノと喋れるようになっていたのに気付いた俺は、たまらなく嬉しくなったのだ。



 ……さっきまで色々と悩んでいたことも、ヒナノと話してしまえばスグにすっかり忘れてしまう。


 俺はこんなにも単純で……そしてヒナノのことが本当に好きなんだって。再確認したんだ。


 ──


 次の日。


「ああっ、痛い痛い痛い痛い……!!!」


 尋常じゃないくらい筋肉痛になった。ふざけんな。

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