第44話 しょっぱい体験
そんなワケで夏休み1日目。俺達は高円寺の提案により、大きな公園に集まっていた。まさか初日から活動するとは思わなかったよ。
そしてメンバーは勉強会の時と一緒で、俺の他にいつもの4人が揃っていた…………って。アレ?
「委員長、7月は忙しいんじゃなかったの?」
「……勘違いするなよ。たまたま休みになったから来てやっただけだ」
委員長は目を逸らしながら、素っ気なくそう言った。
「そっ、そうでございますか……」
まさかの委員長……ツンデレ属性だったの? 属性モリモリ過ぎてキャラが渋滞してるよ。
「それで……高円寺氏。動きやすい服装で来いと言っておりましたが……どうして高円寺氏だけ私服なのでござるか?」
「ああ、それは俺も気になっていた」
見てみると高円寺以外、俺らは体操服やジャージ等の格好に着替えてやって来ていた。それはさっき草刈の言った通りの理由だが……
高円寺は白のワンピースに麦わら帽子という、いかにもオタクが喜びそうな服装をしていた。
「あっ、気付いたー? カワイイでしょー?」
……もしヒナノがこの格好をしたのなら、心臓どっくんどっくんとなって、とっても幸せな気分になっていたんだろうが……
残念ながら相手は高円寺なので、全くそんなことは起こらなかった。
……というかむしろ何か腹立ってきた。
「……どうしてだって聞いてんだよ」
「うわっ、怖っ……えっと、それはね。私は記録係になろうかなって」
「記録係?」
「うん、記録は大事なんだよ」
そう言って高円寺は、カバンからストップウォッチとバインダーを取り出した。
「今日はヒナヒナの特訓に付き合おう、ということでみんなで走るつもりだったけど……タイムを測る人が必要って気付いてさ。だからウチが担当しようかなーって思って!」
「……」
コイツ……走りたくないからって、いい感じのポジションに逃げたな。ずるいぞ。
「それで心美ちゃん。練習メニューはどうするの?」
「それはヒナヒナにお任せするよー。残りの3人は勝手にそれに従うからさ」
勝手にって何だよ。そしてヒナノは……驚きの内容を口にする。
「じゃあ……とりあえずこの公園を3周くらい走ろっか。1周が1キロくらいだから、3キロ分だね」
「えっ……!?」
さっ、3キロ……!? 嘘だろ……!? それって『とりあえず』で走る距離じゃないでしょ!?
「了解でござる!」
「まぁそれくらいか」
……しかし。誰もそれを指摘する者はいなかった。えっ、マジで? 本当にやるの!?
「よーし、それじゃあみんないくよー?」
ベンチに座った高円寺が言う……止めろ。お願いだから止めてくれっ……!!
「……On Your Marks (オン・ユア・マークス)」
そこ無駄に再現すんなァ!!
「Set (セット)」
……そしてその後の高円寺の「バーン」というわざとらしい号砲で、俺達は走り始めるのだった。
──
…………辛い。とても辛い。これは地獄か?
俺は1周する前に倒れそうになっていた。汗が滝のように吹き出して、呼吸はハァハァと犬みたいになっている。
それで足は何とか動かしているが……もう歩きのスピードとほとんど変わらないくらいであった。
引きこもり過ぎて、まさかここまで体力低下していたとはな……クソっ。身体動かしとけよ、俺のバカ。
……もちろん俺が最後尾。前にはもう誰の姿も見えていなかった……どうしてみんなはこんなに走れるんだ? どうなってんだよ。身体のつくりが絶対に違うって。
そう思いつつ、やっと最初のスタート地点まで辿り着いた…………あぁっ、もう駄目だぁ……!!
「こらー! あいのーん! もっと走らんか……って、うわっ、マジでヤバそうじゃん。大丈夫?」
俺が『ガチ』だと気付いた高円寺は、いつものおちゃらけた状態から、真面目な心配する素振りを見せた。
「…………むっ。むりぃ……!」
「……あー。あいのーん。そこにスポドリあるからさ、飲みなよ」
そして高円寺は隣に置いてある保冷バックを指さす……どれだけ用意周到なんだよこいつは……!
「たっ……助かる……」
俺はそれを開いて……スポーツドリンクを頂いた。
「ぷはぁ……あぁ……はぁ……」
「……」
そして俺はベンチに座る……いつもなら絶対何か言ってくるはずの高円寺も、黙ってくれていた。どうやら俺の限界さを理解してくれてるみたいだ。
「……あいのーん。落ち着いた?」
「あっ……ああっ……」
「どっちなのよ」
別にさっきのは返事ではない。俺の呻き声みたいなもんだ。
そしてしばらく座っていると……目の前をヒナノが通った。ヒナノは……もう2周も走ったのか。
「ヒナヒナー! ラストだよー!」
「あっ……う、うん!」
そして通り過ぎる瞬間……ヒナノは一瞬戸惑ったような顔をした。多分……俺がベンチに座っている姿が見えたからだろう……ああっ。クソ。何で俺はこんなにも……!
「……情けない?」
「……だから心の中を見透かすの止めてくれ。怖い」
そう言うと高円寺は「ははっ!」と笑って。
「まぁ、人には得手不得手があるから大丈夫だよ」
と励ましてくれた。
「……」
しかし……その言葉が、逆に俺のハートへと深く突き刺さったのだ。
……俺の得意なことって……何だ? マジック? でも人前で出来ないものを……得意って言うなんて。笑えるな。
それでいて運動がここまで出来ないなんて……はぁ。
自分の無力さに少しだけ悲しくなってしまった。
俺はまたスポーツドリンクを飲んだ……少しだけしょっぱい味がしたのは、汗か涙か……それか元々こんな味だったのか。
……今の俺にはよく分からなかった。
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