第38話 ああ、哀れな勇者よ!

 それで昼休み。勉強会メンバーは自然と、俺の机周辺に集まっていた。


「それじゃあ結果発表しようか……もう決まっているようなものだけどさ……」


 高円寺はいつもよりテンションが低かった。誰が1番か、というドキドキ感が失われてしまったからだろうか。


「一応……みんな現文のテスト持って来て?」


「……」


 高円寺の言葉に何も言わず、各々テストを持って来る。そして……一斉にそれらを広げたのだった。


 俺、94。ヒナノ、81。草刈、88。高円寺、64。


 そして……委員長。100。


「はい委員長、満点。おめでとうー」


「……」


 そして小さな拍手がパチパチと響き渡る……その光景が、委員長には不思議な物に思えたようで。


「お前達……どうしてそんなに落ち込んでいるんだ? そこまでして叶えたかった願いがあったのか? というかそもそも……私に勝てると思ってたのか?」


「……」


 そのラスボスみたいなセリフは、妙に委員長に似合っていた。でも……ここまで強いとは思わなかったじゃんか!! 誰だよこんなガリ勉モンスターに勝負を挑もうとした奴は!!


「折角だから聞いていいか。草刈、お前はどんな願いをしようとしていたんだ?」


 そう聞かれた草刈は、落ち込みながら答える。


「ええ……我はですな。初回限定盤『ネネココ!』のブルーレイディスクを全て買ってもらおうと思っておりまして……」


「それは自分で買え。高円寺、お前は?」


「私はプレステ5……」


「……常識の範囲内なんじゃなかったのか? というかお前達。願いどうこうと言うよりは……ただの欲しい物を挙げているだけじゃないか」


「……言葉もありません」


 ……おっと。もしかしてこの流れは?


「それじゃあ藍野。お前は何が願いだったんだ?」


 やっぱり俺にも回ってきた。


「えっ、えっと……」


 どどどどうしよう。ヒナノとデートしたいです……なんて言える訳ないし。というかこれ、1番の願いだったわ。2番目の願いを言わなくちゃ……2番目……2番目……


「…………世界平和かな」


「……まぁ大事だよな。特にこのご時世では」


「そっ、そうだよね! 平和大事!」


 まさかの……普通に通った。


「ここまで聞いたから、雨宮のも聞いてみようか」


 そして予想通り、ヒナノにも回ってきたみたいだ。そしたらヒナノは笑顔で。


「私? 私は……みんなと仲良くなりたいから。このメンバーで、もっと遊んだりしたいなって思ってさ!」


「おー。ヒナヒナとっても良いこと言うねー!」


「ああ。1番マトモな答えだった」


「流石雨宮氏ですぞ!」


「えへへ……」


 そんな絶賛されているヒナノのお願いだが……俺だけ彼女の願いが『嘘』だと言うことを知っている。


 ……まぁ嘘というか、2番目のお願いだな。本当の願いは俺と同じように隠したまんまだ……


 後で聞いてみようかな……? でも俺が1位を取れなかったから……教えてはくれないのかな。


「ふぃー。ということで皆さんお疲れ様でした! それじゃあ解散しましょ……」


「……高円寺。良い感じで締めてる所申し訳ないが……私の願いは叶えてはくれないのか?」


「……やっ、やだなー! あわよくばこのまま終わってしまえ、だなんてまーったく思ってませんよー!!」


「……」


 高円寺。全部言ってるって。


「それじゃあ委員長の願いって?」


 ビビって使い物にならなくなった高円寺の代わりに、ヒナノが委員長に聞いてくれた。


 そしたら委員長はメガネをクイッとさせて……キメ顔でこう言った。


「ふふ……それはな。学食を奢ってもらうことだ」


「……」


 1番願いがしょぼいな……ここにいた全員が、そうやって思ったことだろう。誰も突っ込まなかったけど。


 ──


 そして勉強会メンバーで食堂に向かった。


 この学校の食堂は券売機で食券を買って、交換してもらうようなシステムになっている。だから俺達は券売機に向かって……その前で立ち止まる。


「……で。誰が委員長のを奢るの?」


「あいのーん。理由は金持ちそうだから」


「何でだよ。普通点数が1番低かったお前だろ」


 ……と。いつもの醜い言い合いを繰り広げると。


「ね、ねぇ! 他の人の邪魔になっちゃうから、早く決めようよ! ほら、ジャンケンとかで!」


 と。ヒナノの声が。当然俺達はその提案に従う……ダチョウ倶楽部並にこの展開見たな。これもうテンプレートだよ。


 そして草刈の合図で、委員長を除いた4人がジャンケンをする。


「それじゃあいきますぞ。ジャンケン……ポン!」




 ヒナノ、チョキ。高円寺、チョキ。草刈、チョキ。


 俺…………パー。負けたことに気が付いた俺は頭がパァッ……となってしまった。やかましいわ。


「はいあいのーん負け!! おらっ!! 財布出せっ!!」


「ヤンキーでもそんな言い方しないって……」


 負けてしまったものはしょうがないと、俺はしぶしぶ財布を開いて……小銭を確認した。


 あったよ500円玉……って違う!! ハーフダラーじゃねぇかこれ!! 何で財布にも入れてんだ俺! 馬鹿ァ!!


 ……じゃあもうお札でいいや。思った俺はお札を確認したが……1000円札も入ってねぇ! 5000円札しかないよ……そもそも券売機に入るのかなこれ?


 ……って、ん? このお札が入らなかったら、俺は払えないことになる。つまり……払わなくて済むんじゃ!!?


 それなら……どうか入りませんように……


 俺はそう神に願いながら、5000円札を券売機に突っ込んだ…………が。


『ウィーン』


「……」


 無慈悲にも、俺の5000円札を吸い込んだ機械は『5000』の文字を表示するのだった。その文字を見て呆然としていると……


「何だ藍野。こんなに奢ってくれるのか? なら……」


「えっ……? ちょ、違っ!!」


「5枚買おう」


「────待って!!」


 ……あのー。よく死ぬ瞬間にスローモーションになるって言うじゃないですか。あれって、金銭的に死にそうになる時にもちゃんと起こるらしいです。


 ソースは今の俺。


「委員長────」


 俺の『キャンセル』ボタンへと伸ばした手は……委員長の『購入』ボタンを押すスピードに敵わなかったのだった。そして。


『ウィーン』


 感情を持たない機械は……取り出し口から『メガ盛り牛丼』の食券を5枚吐き出した。そして同時に、雀の涙程のお釣りも……チャリンと吐き出した。


「……うっ、うわぁあぁぁっっ!!!!!」


 俺は膝から崩れ落ちる。


 傍から見ればこれって……大切なお姫様を券売機に変えられた、哀れな勇者みたいだね。


 …………全く笑えないけど。

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