第29話 私だけのマジシャン
「とっても楽しかったね! シュン君!」
「そうだね」
その後、俺達は屋上に戻って、グラウンドで行われているキャンプファイヤーを上から眺めていた。
その光景は綺麗で、結構感動するものだったが……ちょっと気になることが。
「なぁヒナノ。普通こういうのってさ、最終日にやるもんなんじゃないのか?」
そう聞くとヒナノは理由を知っていたらしく、素早く俺に説明してくれた。
「えっとね、確か明日から雨が続くらしいから、今日やることにしたらしいんだよ!」
「へぇ……それなら仕方ないか」
我々人類は天候に敵わないからな。
「そういや高円寺は? アイツ帰ったのか?」
「心美ちゃんなら……そこのキャンプファイヤーに向かったよ。『イケメンを見つけて、一緒に踊ってやるー!』って言ってた」
「あ、そう……」
自分に正直なのは素晴らしいことだが……そこまでがめついているのは少し引く。ん、というか……
「……ヒナノは。行かなくて良かったのか?」
「えっ?」
「いや、俺の勝手な予想だけどさ、ヒナノと一緒に踊りたいと思っている奴って、沢山いると思うんだ」
「……えっ、そ、そうなのかなぁ?」
ヒナノは若干困惑している様子だった。あまりモテていることを自覚をしていないのか、あるいは……いやこれ以上は止めておこう。
そしてヒナノは大きく手を広げて。
「でもね、私はここで見たかったんだ! きっとここなら綺麗に見えるだろうし!」
「そっか。なら良かったよ」
「うん!」
確かにこの場所は俺達だけの特等席だからな。誰にも邪魔されずに、誰からよりも高い位置で見られるSS席だ。その辺のカップル共が、喉から手が出るくらいに欲しがっている場所だろう……
「……」
まぁ……その割にはヒナノ。キャンプファイヤーじゃなくて、こっちばかり見ているんだけど。
暗闇で分からないと思っているのかもしれんけど……意外と見えちゃっているんだ。まぁ……指摘するのは野暮ですけど。
「……ねぇ、シュン君」
「ん。何だ?」
「私、お願いしたいことがあるんだ。シュン君の気を悪くしちゃうかもしれないけど……」
気を悪くする? ヒナノのお願いなんか、大概のことは何だって了承してやるのに……それはヒナノも充分理解しているはずだ。
なら……すげぇお願いしてくるんじゃ? どうしよう、『私と一緒に世界を壊そう』みたいなこと言ってきたら。俺は断れる自信があるだろうか……? あるよな?
「……いいよ。言ってくれ」
覚悟を決めた俺はそう言って、ヒナノの続きの言葉を待った。
「ありがとうシュン君。あのね……」
「……」
「私ね、今日見たみたいなステージの上でシュン君にマジックをやって欲しいんだ! そして私……その姿を近くで見てみたいの!」
「……!」
「シュン君はとっても凄い技を持っているからさ……だから大勢の人を驚かせられると思うんだ!」
……なるほど。要するに……また俺にステージに立って欲しいってお願いか。
ヒナノの頼みとあったら応えてやりたいのは山々だが……どうしても。それだけは厳しいんだよな。
「そっか…………でもごめん。今の俺にはステージに立つ勇気が出ないんだ」
「えっ……?」
「大勢の前でやろうとすると手や足がガクガク震えて、まともに技が出来ないんだ。それに俺のトークスキルは壊滅的で、今までは技の上手さで誤魔化していたから、もう見逃してはくれない────」
────ここで。ヒナノの潤んだ瞳に気が付いた。
あっ……そっか。そうだよな。 ヒナノは俺のことを認めてくれている。だからこんなお願いをしてきたんだ。もちろんそれを言うのに勇気だって必要だっただろう。
それなのに俺は……卑下するようなことばかり言ってしまって。認めてくれたヒナノすら否定してしまっていたんだ。
ごめんなヒナノ……いや。言葉で謝るくらいなら。
『俺』らしく謝ろう。
「……だからさ」
ここでマジック。何も握っていなかった手から、キャラもののハンカチを一瞬で出現させた。
「わっ!」
「しばらくお客さんは、ヒナノだけで良いかなって。えっと……ほら、昔から応援していたバンドが急に売れたら、何か素直に喜べないでしょ?」
例えが下手くそ過ぎる。それでも……ヒナノは「ふふっ!」っと元気よく笑ってくれて。
「シュン君はちょっと前までは有名人だったんでしょ? でも……」
そこまで言ったヒナノはハンカチを受け取って……笑い涙に変わった、その水を拭った。
「でも。『私だけのマジシャン』なんてのも、贅沢でいいかも!」
「ありがとね。ヒナノ」
「ううん。私こそ変なお願いしちゃってごめんね?」
「いいんだ。嬉しかったから」
……そして俺らはキャンプファイヤーの方に向き直って。また会話を続けた。
「……文化祭は明日も続くけど。俺はもう来ないよ」
「……うん。そっか。そうだよね、危険だもんね!」
「ああ」
理解してくれたのなら有難い。もし俺と一緒にいる所なんか見られたら、ヒナノだって何されるか分からないもんな。
「でも……今日は来てくれて本当にありがとね! シュン君のこと信じてたけど……無理させちゃったのは変わりないからさ!」
「いいんだ。楽しかったし、ヒナノに会えたし」
「えへへ……私もシュン君に会えて嬉しかったよ!」
このタイミングで辺りは暗くなる……どうやらキャンプファイヤーの炎が消えたみたいだ。
「おっと。どうやら終わったみたいだ」
「うん、そうみたい」
「……じゃあそろそろ帰ろうか」
「うん」
名残惜しいけど……ヒナノとはもうお別れだ。俺達はゆっくり屋上から出て、一緒に階段を降り……外に出た。
そして俺は……ヒナノに向かって手を振る。
「またね、ヒナノ」
「うん! 今度は停学明けに!」
「ああ。堂々と会おう」
「ふふっ!」
……これにて今年の俺の文化祭は終了だ。必死になって作ったお化け屋敷を壊され、怒って殴って停学になって。本当に散々な期間だったけど……
一生忘れられない。今までで1番濃い思い出になった文化祭なのは間違いないだろう。
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