第10話 自惚れの日
──
「うーん、今日は何のマジックをしようか」
俺は屋上に置いている机 (空き教室から勝手に持って来たモノ)の上に鞄を置いて、持参した色々なマジック道具を並べていると……
「あっ……シュン君。今日はマジックはお休みしてさ、お喋りしない? 少し話したいことがあるんだ」
ヒナノが少し身体を揺らしながら、そう言ってきた。
「えっ、お喋り?」
ヒナノがそんなことを提案してきたのは初めてなので、俺はちょっと驚いてしまう。だって普段のヒナノなら、マジック中でも構わず何でも喋るからな。
なら……何か真剣に話したいことでもあるのか?
「……」
まさかと一瞬、頭の中に『告白』の2文字が浮かんできたが……それはすぐに消え去った。だってそれは絶対にありえないもんな。うん。俺のバカ。
じゃあそれなら何だろう…………いや、今考えても仕方ないか。
ともかく、ヒナノはお喋りをご所望しているのだ。俺は道具を鞄に戻しながら……こう答えた。
「うん、いいよ。喋ろう」
「本当にごめんね? 準備とかしてたのに……」
「いいんだよ。また今度やればいいし」
まぁ……毎日のようにマジックをやってしまうと、絶対にいつかはネタが切れてしまうので……たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。
そもそも……ヒナノなら同じのマジック見せても、何回でも喜んでくれそうだけどな。
そしてヒナノは「ありがとう」と俺にお礼を言ってから、こんな質問を投げかけてきた。
「えっと……シュン君はさ、何か部活とか入るつもりってある?」
「部活? 入らないよ」
自分でも驚く程の即答だった。
「あっ、そうなんだ。シュン君とっても器用だからさ。何かやるのかと思ってたよ!」
「器用なのかどうかは分からないけど。俺は人と関わるのが苦手……嫌いなんだ」
「えー? たくさん私と話してるのに?」
「ヒナノは…………他とは別だよ」
「ふふっ、そっかー!」
ヒナノは嬉しそうに笑った。
俺がヒナノを特別扱いしているのが……満更でもないのか? ……このまま妄想を広げていくと、おかしなことになりそうだからこの辺で止めとこう。
それで俺はオウム返しでヒナノに聞いてみる。
「……ヒナノは? 何か部活やるの?」
「ん、えっと、私は……ね。実は…………」
すると珍しくヒナノの言葉が詰まった。何か悩んでいるのだろうか。
……そしてヒナノは何か決心したのか、目をパチパチッとさせて俺の方を向いた。そして小さく呟く。
「実は迷っているんだ。陸上部に入ろうかどうか」
「へぇ、陸上」
「うん、私運動好きだからさ。でもね……私、背が小さいからさ。大体の種目は不利になっちゃうんだ」
「なるほどね」
こう言った話は、マジシャンの世界でもたまにあるんだよな。
例えば手が小さい人はカードやコインを隠しにくいだろうし、はたまた喋りの苦手な俺みたいな人は、ミスディレクション……いわゆる視線誘導が難しくなるかもしれない。
でも。
それなら小さめなサイズのコインやショートカードを使用すればいい。喋りが苦手なら、動きや音を使ってミスディレクションを行えばいい。
というか極論、喋らなくても成立するマジックをやればいいんだよ。
これは別に逃げでも何でもない。ただ自分の得意なフィールドで勝負をしているだけだ。気にする必要なんか全くない。
だから。
「いいんじゃないかな」
「……えっ?」
「陸上が好きなら、やってみる価値はあると思うよ。嫌だったら……ほら、辞めちゃえばいいんだし」
「…………でもなぁ」
「ヒナノ?」
「あっ、ううん。何でもないよ」
首を横に振って、ヒナノはそう言った……どうやら俺ではヒナノの背中を押してやることが出来ないみたいだ。
いや、俺の言葉に人を動かす力なんてのはないと、重々理解しているつもりだけど……
「……」
……いや、違う。俺が思っている以上に。ヒナノはとてもとても悩んでいるんだ。
今更だが、ヒナノの身長はかなり低い。正直、小学生に間違われてもおかしくはない程である。
それでいてこんなに可愛い見た目をしているから、クラスの女子に「お人形さんみたい」とイジられているのをよく見たけど……もしかしたら本人は嫌がっていたのかも。
多分ヒナノは……身長に対するコンプレックスがあるのかもしれないな。
それで……さっき俺は「嫌なら辞めればいい」と言ったけど……そんな簡単なコトじゃないし。アドバイスとしては最悪だし。
うーん……何とか力になってやりたいんだけど。俺が一緒に陸上部に入る訳にはいかないしな。
いや、別に得意だったらいいんだけどさ。俺の運動音痴っぷり舐めんなよ。中学の頃の短距離走と長距離走、共に最下位だぞ。逆2冠王だぞ。
俺はウンウン考えつつ、屋上の手すりに寄りかかる。そして何気なしに下を見てみると……
「あっ」
砂のグラウンドが見えた。もちろんそこには陸上部の姿もあって……
「……ん? やけに体操服姿の人が多くないか?」
「あっ、それは……体験入部の人なんじゃない?」
「へぇ、そんなモンが」
部活に入る気ゼロの俺には全く想像つかなかったけど……体験入部か。ヒナノは……行ったのだろうか?
というか。
「……もしヒナノが陸上入ったら、俺はこっから応援出来るな……」
「……」
「……な、……なーんて」
……しまった。自然に口から出てしまった。言うつもりなんか全くなかったのに。
「……」
それで何でヒナノは何も喋らない……!? もしかして……やっぱりあの発言はしくじったか? キモすぎたか? やっちまったか!?
「決めた!」
「……えっ?」
何をだ。俺の処刑方法か?
「私、陸上部に入ってみるよ!」
聞いて俺は口をポカンと開く。
「……えっ? さっきまで悩んでいたのに……?」
「えっ、いや……このままウジウジしてるのも私らしくないかなって思って!」
「そ、そっか……まぁ、ヒナノが元気になったのなら良かったよ」
「うん! それじゃあ今日はこの辺で! また明日ね、シュン君!」
「あ、ああ。またね」
そしてヒナノは颯爽と屋上から去るのだった。
えっ……なんだ? 急に元気になって……まさか……さっきの俺の発言で、入部を決めたと言うのか!?
……いやいや。そんなのありえないよな。
きっとあのタイミングで、決心が付いただけなんだろう。自惚れも大概にするんだ。俺。
そんなことを思いつつ、俺も屋上から出る。そして俺が階段を下りようとした時。
────ヒナノの声によく似た鼻歌が、下の方から聞こえてきた。
「……」
何故か俺は……急いで階段を駆け下りるのだった。
──
昇降口。辿り着くと、ヒナノが靴を取り出している最中だった。
「わっ、シュン君!?」
当然、ヒナノはびっくりしている。だがそんなのお構い無しに俺は、気になっていたことを尋ねた。
「はぁ……はぁ……ヒナノ。さっきの鼻歌って何の曲?」
「えっ? え、えっと……『歓喜の歌』……かな」
「はぁ……はぁ。いい曲……だよね」
「え、うん。そうだね」
全く知らないけど。
「……えっと、もう電車が来るから急ぐね! バイバイシュン君!」
「……う、うん。また……ね」
そしてヒナノは、焦ったようにその場から去って行くのだった。
「……はぁ、はぁ。あちぃ……」
マジで急に運動なんかするもんじゃねぇな。
でも。
たまには自惚れても……いいのかもしれない。
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