第9話 連絡先交換はどんなマジックよりも難しい

 息を切らしながらも、階段をダンダンダンと最上階まで駆け上がって行くと……1番上の階段に座って、退屈そうにスマホを眺めているヒナノの姿を発見した。


 急いで俺は最後の階段を駆け上がりつつ、彼女の名前を呼ぶ。


「ヒナノっ!」


「あっ、シュン君! 遅いよーっ!」


 俺に気が付いたヒナノは、スマホから視線をこっちに向ける。そしてほっぺを膨らまして、少し怒ったような態度を取るのだった。


「ごめん……図書室行ってて。気が付かなかった」


「もー。1人で怖かったんだからね?」


「本当にごめん……でも待っててくれたんだ」


「だってシュン君、約束破るような人じゃないし」


「えっ?」


 聞いて少し驚いた。もう……そんなに俺を信用してくれてるんだな。ちょっと嬉しい。


「そっか……ありがとう」


「でも、別に許したワケじゃないけどねー?」


「えっ……? そ、そっ、そんな……!」


「ウソだって! そんな落ち込まないでよ!」


 ……あー。ビビった。俺もうヒナノに嫌われたら、生きる意味が分かんなくなっちゃうもん。


 うん……もう俺、完全にヒナノに首ったけだな。自分でもドン引くわ。


 でも……彼女は別世界の人間なんだ。だからクソ陰キャの俺がヒナノに惚れ込むことなど、絶対にあってはならないんだ────


「そうだ! またこんなことが起きたら大変だからさ、連絡先交換しない?」


「ほへっ!? おっ、俺と!?」


「ふふっ、それ以外に誰がいるのー? シュン君、今スマホ持ってる?」


 いや持ってるけど……こんなことをヒナノから提案してくれるなんて。願ったり叶ったり過ぎないか。


 俺は鞄の底に仕舞っていたスマホを取り出して、メッセージ交換アプリ『らいーん』を開く。


「えっと……ここからどうするんだ?」


「ふふっ、ちょっと貸してー」


「あっ」


 ヒナノにスマホをひょいっと取られてしまう……いや、ヒナノなら別にいいんだけどさ、他の人に自分のスマホ渡すって謎の抵抗あるよね……俺だけ?


「ん、シュン君のスマホってカバー付けてないの?」


「うん……重いから」


「へぇ、変わってるねー。もっとトランプとかステッキとかのイラストの付いたスマホカバー付けてるかと思ってた」


 ……そんなマジシャン、多分いないよ。


「はい、交換したよ」


「あっ、ありがとう」


 返されたスマホの画面を見てみると『友だち』の数が1つ増えていた。いつも同じ数字が変わるのが、新鮮過ぎた。


 そしてとても……とても嬉しい。震えるほど嬉しい。そして誰かに自慢したいのに、誰にも出来ないというジレンマよ……!


 もっとヒナノのプロフィール画面とか色々と見たかったが、流石に目の前で見る自信はないので……俺はまた、スマホを鞄の底に押し込んだ。


「……それでヒナノ。どうして先に屋上、入ってなかったんだ?」


「だって、私だけじゃ開けられないもん」


 言ってヒナノは屋上へと続くドアノブをガチャガチャとさせる。


 あー。そういうこと。


「それなら俺のクリップあげるよ」


「え? いいの? シュン君のは?」


「俺はいつでも作れるから」


 俺は鍵の形に変えていたクリップを、ヒナノに手渡した。


「わー! ありがとう!」


「いいよいいよ……それじゃあ今日も行きますか」


「うん!」


 俺はまたポケットからクリップを取り出し、コネコネして鍵の形にまた変形させて……屋上へと続く扉を開いたのだった。

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