第13話 記憶3 

「オレの力不足です。みえるものとみえないものがありまして、詳しくあなたの未来をみることができなかったということです。面目ない」


 クリスティンは安堵した。

 自分の未来がないというわけではないのだ……。


「ただ、平穏な未来ではないことは確かだと思います」

「……そ……そうですの」

 

 クリスティンはビクつきつつ、ふらっと立ち上がった。


「……占ってくださって、ありがとうございました」

「いえ」

 

 礼をして、よろめきながら部屋を出た。

 廊下には、順番を待つルーカスの姿があった。


「クリスティン、顔色が悪いがどうした? 大丈夫か?」

「……大丈夫ですわ……」


 不安は増大した!


 クリスティンは力なく生徒会室に戻り、ルーカスはオリヴァーのいる部屋に入った。




※※※※※




「オリヴァー、生徒会メンバーの記憶操作は無事済んだか?」

「ああ。クリスティン様がメルを好きだと言ったことは、皆、忘れた」

「よかった」

 

 これで、彼らがメルにつらく当たることもなくなるだろう。

 オリヴァーは首を竦める。


「しかし、メルの記憶は戻らなかった」

 

 ルーカスはオリヴァーの前の椅子に腰かけた。


「残念だが、仕方ない。記憶があろうがなかろうが、メルが俺の兄であり、帝国の皇太子であることに変わりはない」


 オリヴァーは複雑な表情となる。


「……それと……クリスティン様には話さなかったんだが、少々予定と異なる展開になってしまった」

「どういうことだ?」

「実は……メルの記憶を消してしまった」

「何?」


 オリヴァーは息をつく。


「生徒会メンバーの記憶を消去し、誤ってメルからも、クリスティン様と想いを結んだ記憶を消してしまって」


 ルーカスが眉間に皺を寄せれば、オリヴァーはさらに続けた。


「もう一つ言えば、さっきクリスティン様の記憶も消した。彼女に恋の記憶があれば、意思の疎通の面でおかしなことになるから」


 ルーカスは、声を荒げた。


「何をしているんだ……!? 二人の、メルとクリスティンの記憶をすぐに戻せ」


 オリヴァーは一旦口を噤み、再度開いた。


「このままで良いんじゃないか?」

「……なんだって?」

「メルの記憶をミスで消してしまったあと、思ったんだ。消したままで良いんじゃないかと。クリスティン様の記憶もそれで消した」


 ルーカスが文句を言おうとすれば、オリヴァーは手を前に出し、制した。


「ルーカス、考えてもみろ。記憶を消したといっても、想いを結んだその記憶を消しただけだ。感情を根こそぎ消去したわけではない。恋心はそのままだ。彼らは二年後、帝国に来るまで主従としてこの国で暮らすんだろ? それならいっそ、想いを通わせたことを一時忘れていたほうが、二人も過ごしやすい」

「記憶をすぐに戻せ」


 オリヴァーは茶化すように言う。


「君にとっても、二人の記憶がないほうが良いのでは? 君はクリスティン様のことが好きだ」


 言い当てられ、ルーカスは言葉に詰まる。オリヴァーは笑った。


「気になるひとがいる、だがリューファス王国の王太子の婚約者だ、と手紙に前、書いてたよな。クリスティン様はこの間まで王太子と婚約していた。彼女のことなんだろ」

「……そうだが、今は違う……」

「現在二人は婚約していない。君は今も彼女が好き」


 ルーカスはかぶりを振る。


「彼女は兄の恋人だ」

「記憶は消えた。君にもチャンス到来さ」

「おまえは何を言っているんだ」


 オリヴァーは笑みを深くする。


「そう怒るな、冗談さ、冗談。が、さっきも言ったように、二人にとって、今は記憶がないほうがいい。仲を二年後まで隠すなら、本人たちも忘れていたほうが、周囲にバレない」


 ルーカスは困惑するが、オリヴァーの言うことも一理あった。

 

 生徒会メンバーの記憶を消しても、恋人として二人が過ごしているのを見られれば、同じことだ。

 しかし、せっかく想いを通わせたのに。


「もし何か支障が出れば、そのときは彼らの記憶を戻すさ」


 ルーカスは逡巡し、長い息を吐いた。


「……何かあったら、すぐに二人の記憶を戻してくれよ」

「ああ、もちろん」


 しばらく様子を見よう。

 

 オリヴァーは椅子から立つ。


「彼らは両想いといっても、まだ結婚をしたわけではない。君も機会はある。その間に、彼女を口説いたらどうだ」

「クリスティンはメルのものだ」


 ハトコが続ける冗談に、ルーカスは完全に呆れ返った。


 彼女が、アドレーの婚約者だったとき──。

 そのときは、アドレーから奪い取ることを考えたことは、あった。

 クリスティンが好きだった。

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