第9話 愛したい

 アドレーは自分自身を不甲斐なく感じた。

 

 体術や剣術に覚えはあるが、彼女の動きに驚き何もできず、本来守るべき相手に守られたのである。

 自己嫌悪に陥った。




「君は……一体、どうしてそこまで強く鍛えたんだ、クリスティン」

 

 落ち着いたあと、王宮でクリスティンに悄然と尋ねた。

 まるで戦士のようだった。

 リーから剣術を学んでいるが、あれほどまでとは。


「ええと……あの……わたくし、身体が弱かったですから……。それで少々」

「少々どころではない動きだ」

「あの追剥ぎ達が幸い軟弱だったのです!」

「それなりに力のある有名な悪党だったらしいよ」

「わたくしが女だと思って油断したのでしょう。油断大敵! ですわね。おほほ」


 アドレーはクリスティンの肩に両手を置いた。


「危ないことはしないで。君はダガーを使っていたけれど、いつも持ち歩いているの?」

「はい……。護身用に……」


 クリスティンは目を泳がせる。彼女には、護衛でもあるメルが常についている。

 森に行ったときは、二人だけだったものの、日頃ダガーを持ち歩く必要はないと思うのだが。


「……私は自分が情けない。君を守ると告げたのに。逆に君に守られた」

「アドレー様」


 クリスティンはじっとアドレーを見つめる。


「わたくし、アドレー様の婚約者である前に、リューファス王国の民です。将来の王アドレー様に危険が及ばないよう行動するのは当然ですわ」

「いや、当然ではない。私は君に守られたいなどと露ほども思っていないよ。君を守りたいんだ」


 彼女は声にならない声で言う。


「……もう少ししたら、ヒロインが現れ、悪役令嬢であるわたくしは王家の刺客に惨殺される……」

「え?」


 彼女は唇を閉ざし、悲愴な眼差しを向けた。


「──アドレー様に想われるお相手は本当に幸せですわね。アドレー様はこの先、必ず大きな幸福を掴まれますわ」


 アドレーは胸に切なさがこみ上げた。


「私が想っている相手は君だ!」


 感情的になって彼女を胸の中に抱きしめた。


「君と結婚をしたいし、必ずするよ。私は君と幸せになりたい。私が好きなのは、ずっと君だ!」


 彼女に甘えてもらいたい。溺れるほど彼女を甘やかしたいのだ。自分がいないと生きていけないくらい、想ってもらいたい。愛したい。

 彼女の耳朶に唇を寄せる。


「だから、そんな哀しいことばかり言わないで。何も君が心配することはない」


 そう告げ、クリスティンをみると……。

 ──気を失っていた。


「……クリスティン……」 

 

 どうやら、アドレーの告白を聞く前、抱きしめた辺りから、気絶していたらしい。そういえば、ぐたりとしていた。身を預けてくれているのかと一瞬思ったが。

 勇敢に悪党を撃退したのに。

 

 彼女はあの男達より、アドレーを恐れているように感じるのは、気のせいだろうか……。


(思い過ごしだ……)


「──失礼します」


 いつからいたのか、奥で声がした。

 メルがこちらに歩み寄ってき、クリスティンをアドレーから受け取って、長椅子に彼女をそっと横たえた。

 彼は感情を抑えた声で話す。


「アドレー様。体質改善されても、クリスティン様は発作を起こすこともあります。完全な健康体というわけではございません。今後、こういったことをなさるのは、クリスティン様のお身体に障りますので、どうかお控えください」


 その眼差しは、ひどく冷たく、昏い。

 きっと堪えきれずクリスティンを抱きしめたアドレーに、彼は呆れているのだろう。


「……わかった」


 クリスティンは魔術をラムゼイに学び、身体に効く薬を作り出したものの、魔力による弊害で時折発作を起こす。

 アドレーが抱きしめたことで、びっくりしてしまったのだ。

 結婚するまではこういったことをするのは控えよう。


「では、屋敷にクリスティン様をお送りいたします」

「ああ」


 アドレーは仕方なく頷いた。


「メル、彼女の意識が戻ったら、伝えておいてくれ。悪かったと私が謝っていたと。今後、過度に触れないと。それと、今度の舞踏会を楽しみにしていると」

「かしこまりました。必ずお伝えいたします」  


 メルは壊れ物を抱くように、丁重にクリスティンを腕に抱えて、退室した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る