ラムゼイの予感(前編)

 週末、ラムゼイ・エヴァットは寮から屋敷に戻ってきた。

 クリスティン・ファネルに魔術の指南をし、彼女の『星』魔力について研究をするためである。

 彼女はラムゼイより一つ年下。親友の婚約者だ。

 来年、彼女も学園に入学する予定である。

 

 

 エヴァット家の屋敷の地下で魔術の実験を行っていたが、一段落がつき、クリスティンと休憩することとなった。

 テーブルを挟んで席につき、メイドが持ってきた茶菓子を口にする。

 紅茶のカップを傾けながら、ラムゼイは目の前の少女を眺めた。

 絹糸のようなダークブロンドの髪。綺麗な紫の双眸。艶やかな唇。

 凛と美しい令嬢。

 二年ほど前から、彼女の高慢な性格は良いほうにというか、おかしなほうにというか少々迷うところだが、とにかくがらりと変わった。

 

「クリスティン」


 ラムゼイはカップをソーサーに置いた。クリスティンは細い指でクッキーを摘まみ、唇に運んでいる。


「はい、なんでしょう」


 彼女の『星』魔力は貴重で、更に『闇』寄りの術者。

 ラムゼイは彼女に強い興味をもっている。

 彼女の魔力についても、彼女自身についても──。


「ゲームみたいだな」

「──えっ!?」

 

 クリスティンはげほげほっ! と毒でも摂ったかのように大きく咳き込んだ。


「どうした?」

 

 ラムゼイは慌てる。椅子から立ち、彼女の背に手を置いた。


「おい、大丈夫か」

「だ、大丈夫ですわ……」


 だが返事とは裏腹に彼女の顔は真っ青である。


「ひょっとして体調が悪いのか」


 クリスティンはかぶりをふる。


「いいえ、違います。余りにクッキーが美味しくて……それで口に詰め込みすぎてしまったようですわ。おほほ、お恥ずかしい。申し訳ありませんでした」


 いや、特に詰め込んではいなかったと思うのだが……。


「……そうか」

「はい」


 気にかかりながらも、彼女に促されラムゼイは椅子に座りなおした。

 クリスティンは小さく一つ咳払いし、低い声を喉から発した。


「……それで。ラムゼイ様、今おっしゃったゲーム、というのは一体……?」


 おそるおそる尋ねてくる今の彼女の様子は、まるで怯える小動物だ。

 ラムゼイは苦笑する。


(なぜ怯えているんだ?)

 

 不思議で仕方ないのだが時折、彼女は不可解な恐れをみせるのである。

 ラムゼイはテーブルに肘をつき、両手を組み合わせた。目元に笑みを含み、視線を返す。


「君とアドレーとの様子を見ていると、ふとそう感じる。ゲームのようだとな」

「…………」


 クリスティンは唇をきゅっと引き結んだ。その後ゆっくりそれを開く。


「わたくしとアドレー様を見ていてゲームのように感じる、とおっしゃいますの……?」


 ラムゼイは首肯する。


「ああ、そうだ」

「……それはその……どういった意味なのでしょう?」


 ラムゼイは組んだ手に顎をのせ、彼女をじっと見た。

 クリスティンはひどく緊張している。

 それがなんだか可笑しく、唇の端を上げる。


「アドレーは君の心を開かせようとしている。しかし君は断固として拒否している。その攻防をみていれば、まるでゲームや、勝負でもしているようじゃないか? オレはどちらに軍配が上がるのだろうと興味深く眺めている」

 

 すると彼女はふうっと身の強張りを解いた。


「まあ……。ラムゼイ様はそんなふうに思われていたんですの……? わたくし、アドレー様となんの勝負もしておりませんわ。アドレー様をご心配なさっているのでしょうか? 大丈夫ですので、どうぞご安心くださいませ」


 彼女は上品におほほと微笑んでみせる。

 アドレーはラムゼイの親友だ。が、心配しているわけではない。

 アドレーと彼女の勝負を面白くみている。

 もし、なんらかの理由により、彼らの結婚話が立ち消えれば。

 ラムゼイは迷いなく、クリスティンをもらうつもりでいた。

 彼女を狙っている男は他にもいて、クリスティンの義兄のスウィジン、魔術剣士のリーもそうだった。


(それに──)

 

 ラムゼイの脳裏を、一人の男の顔が過る。

 彼女に常に付き従う近侍──メル・グレン。

 やたら綺麗な顔立ちの男で、感情を表に出さない無表情な使用人だ。

 しかしクリスティンを見るとき、彼の眼差しに、熱心すぎるものを感じるときがある。


(忠誠心の強さからくるものだろうが……)

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