第51話 求婚
ソニアの部屋を出たあと、クリスティンはアドレーの元に向かった。
彼に呼び出されているのである。
王太子の誘いを断るにも限度があり、今日は会うことになった。
寮から王宮にアドレーも戻ってきているのだが、ソニアの部屋からは離れており、馬車での移動となる。
彼と約束していた薔薇が咲き誇る王宮庭園には、ルーカスを除く生徒会役員の皆が白テーブルに揃っていて、クリスティンは瞬いた。
(どうしたのかしら?)
「クリスティン」
アドレーが沈んだ様子で歩み寄ってくる。
「どうなさったんですの? 皆様勢揃いで……」
全員集まるとは聞いていなかった。今日は何かの会合なのだろうか?
アドレーは苦虫を噛みつぶしたような表情だ。
「うっかり彼らといる時に話してしまってね……。今日君が来ることと、婚約話がまた立ち消えになったことを。夜会ではクリスティンと踊れなかったから、自分たちも呼べと半ば無理やりにやってきたんだよ」
踊れなかったからといって、なぜ。
クリスティンは、ラムゼイとスウィジンとリーを代わる代わるみる。
ラムゼイはクリスティンの前に立って、突如宣言した。
「クリスティン、君に求婚をしようと思ってな。君がアドレーと結婚する可能性はほぼゼロになったのだから」
クリスティンは耳を疑う。
(求婚?)
アドレーは苦々しげに、呻く。
ラムゼイは薄い唇に笑みを刷いた。
「今まではアドレーと婚約していたので、遠慮してきたが、話は立ち消えた。クリスティン、オレは昔から君を気に入っている」
するとリーは自身の日に焼けた精悍な顔を指さした。
「おれもチャンスがあるよな、クリスティン嬢? 君はおれの剣を受けることのできる唯一の女性だし、面白いし。殿下との話がなくなったんなら、おれも君に求婚したい」
スウィジンがダークブロンドの髪をかきあげ、嘆息する。
「クリスティン、僕はおまえが殿下と結婚することを望んでいたんだけれどね。無理なら、他の誰にもおまえを任せられないよ。僕がおまえと結婚するのもありかなと思う。おまえと僕は実の兄妹ではないからね」
「気づいてはいたが、おまえ達、ずっとクリスティンを狙っていたんだな。私達の結婚がなくなることを願っていたのか」
悔しげにアドレーが問えば、三人は悪びれずに頷いた。
「アドレー。クリスティンに、王太子との婚約話が二度も流れたという噂が流れ、おかしな傷をつけたままでいけないと、おまえも思うだろう?」
「っ」
「クリスティン嬢は今フリーですから」
「そうすぐさま、求婚しなくても……っ」
「殿下、僕たちは待ちました。二度目の婚約も流れたのです。もう待つ必要はないでしょう」
「スウィジン、おまえはクリスティンの兄だ!」
「実の兄妹ではありませんので。クリスティン、僕はおまえを幸せにできるよ」
「彼女を幸せにできるのは、彼女の体調管理を行える、オレだ」
「ラムゼイ様、妖しげな薬で、彼女を操ろうとするんじゃないですか? クリスティン嬢、おれと結婚して毎日、剣を合わせよう!」
アドレーのこめかみに血管が浮き出る。
「おまえ達、元婚約者であるこの私の前で、よくそう堂々と求婚できるものだ。私はこの国の王太子なんだが……!」
クリスティンは頬がひきつった。
(これは一体……どういう状況? 攻略対象に求婚されている?)
「皆様……冗談ですわよね……」
「それが彼らは本気だ、クリスティン」
「冗談で求婚などせん」
「マジだけど」
「もちろん、本気だよ、この兄は。クリスティン」
イケメンで、身分も地位も何もかも揃っている彼らに求婚されれば、ときめきそうなものなのに、これっぽっちもそんなの覚えない。ただただ恐ろしいだけだ。
ゲームの続編に突入しているなら、この先、何が待ち受けているか。
戦々恐々としつつ、彼ら一人一人を見て答えた。
「……わたくし、ここにいらっしゃる、どなたの求婚にも応じられませんわ」
皆は悄然とする。アドレーのみ、笑顔となった。
「それはクリスティン、私との結婚をやはり望んでいるからだね」
「違います」
ぴしゃりと言うと、アドレーも皆と同じく青ざめた。クリスティンは覚悟を決め、皆に宣言した。
「わたくし、好きなひとがいるのですわ」
その場はしんと静まりかえる。
沈黙を破るようにしてラムゼイが口を開いた。
「それはひょっとして近侍のメルのことか?」
アドレーが苦笑いする。
「メル? 彼は公爵家の使用人だ。クリスティンといつも一緒にいるが、恋仲になるなんてありえない。……そういえば、いつもクリスティンの傍にいる彼の姿が今日は見えないな」
「メルは、休暇を取っています、殿下」
スウィジンが答え、リーは首をすぼめる。
「メルは剣筋も運動神経も、恐ろしいほどいいし頭も切れて優秀だけどさ、貴族ではないしな」
メルが隣国皇子であることは、ソニア以外には、まだ誰にも知らせていない。
彼が皇子であれ、近侍であれ、何であれ、クリスティンの彼への気持ちは決して変わることはない。
クリスティンは深く息を吸い込んで、はっきり気持ちを伝えた。
「わたくしが好きなのは、メルです」
皆は棒立ちになる。ラムゼイだけ表情が動かず、僅かに眉を寄せただけだった。
「クリスティン、何を言ってる?」
「…………やはりな」
「クリスティン嬢、驚かさないでくれよ」
「あはは」
スウィジンに至っては、まったく信じず、壊れたように笑う。
結局、クリスティンの言葉はラムゼイ以外には冗談ですまされ、テーブルに促され皆でお茶を飲み、話題は変わってしまったのだった。
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