第37話 恋心

 渡されたものに視線をおとすと、それは可愛い絵柄の入った封筒だった。

 様子を窺っていたメルがクリスティンの隣に立つ。


「何事ですか」

「手紙みたい」

 

 クリスティンは封筒から便箋を取り出した。

 丸みを帯びた丁寧な字が視界に入る。


『クリスティン様へ

 昨日はありがとうございました。

 花祭りの日も助けてくださって……。

 クリスティン様に、目をかけていただけ、わたしは幸せです。

 他の生徒に嫉妬されても気になりません。

 わたしは、わざと忘れ物をしてクリスティン様が届けてくださるのを、ひそかに楽しみにしていました』

 

 一枚目を読み終わり、メルが眉を顰めた。


「やはりわざとだったようですね」


 クリスティンは溜息をつき、二枚目に目を通した。


『クリスティン様が発作で倒れられ、そんな身体をおしてまでわたしを助けてくださり、感激しました。

 いつもわたしを見守っていてくださって。

 わたしはクリスティン様をずっと慕っていました。

 クリスティン様に……恋をしています』

 

 クリスティンもメルも呆然とした。


「……見る目はありますね……」


 メルがそう呟いた。恐る恐る三枚目を読む。


『クリスティン様はどんな男性よりも素敵で……まるで王子様のようです。

 入学式で最初出会ったときから、わたしはクリスティン様の凛とした美貌、しなやかな立ち居振る舞い、お優しい心に惹かれていました。

 まさか街で出会ったあのかたと、クリスティン様が同一人物だったなんて……!

 運命を感じ、想いは膨らむばかりです。

 決してご迷惑はお掛けしません……。

 どうか、恋心を抱くことを、昨日わたしがしてしまった口づけをお許しください。

 ソニア・ブローン』

 

 メルは白くなった。


「クリスティン様、彼女に口づけされたのですか……?」

「……ええ。頬にだけれど……」

「大人しそうにみえて、行動力がある……。一癖ある少女だ」


 メルは呆れと感心の混じった声で呟く。クリスティンは痛むこめかみを押さえた。

 これはひょっとして……ラブレターというものなのでは……。


「……なんだか、とんでもなく、おかしなことになってきているわ……」


 クリスティンは眉間をきゅっと皺めた。


「ソニアさんが、生徒会の誰かと接点をもっている様子はある?」


 クリスティンが訊けば、メルはかぶりを振った。


「いえ。彼女が親しくしているのはクラスメートのフレッド・エイリングくらいだと思います」


 彼はゲームでもソニアの一番の親友である。


「ですが、アドレー様に、いったい運命の相手というのは誰かと尋ねられましたので、ソニアさんのことはお伝えしました」


 それは初耳だった。


「それで、彼は?」

「はい。アドレー様は、廊下で偶然通りがかったふりをし、ソニアさんと会話をされ」


 ということは、もうソニアと出会いは果たしているということである。


「生徒会の皆様はそれぞれアドレー様同様、偶然を装い、庭や食堂で彼女と会話なさっております」


 生徒会をサボってクリスティンが図書館で勉強している間に、彼らはそんなことをしていたらしい。

 はじめて知った。

 クリスティンはメルを見上げる。


「そのうちの誰とソニアさんは親しくなったの?」

「その後、どなたとも接していません。皆様は彼女に興味をもたれませんでしたし、ソニアさんもそのようです。手紙にもあるように、彼女はクリスティン様のことを慕っていたからでしょう……」


 クリスティンは強い眩暈を覚える。

 フレッドは攻略対象ではない。クリスティンだって、もちろん攻略対象ではない、ゲームで敵役なのだから。


(──どうしてこうなったの──)

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