神聖騎士物語

桜沢要

第1話

『ドッ好み~~~~~~!!!!』


私は心の中で瞬間、悶えた。

口元を覆っていた扇を持つ右手に力が入り、軽くパキ…と掌の下から不穏な音がしたけれど。

それが気にならない程度には、私の眼下に映る金髪赤目褐色肌の彼は非常にイケメンであり服の上からでも鍛えられていると判る四肢は、私が今まで夢想してやまなかったドストライクパーフェクトマンに見えた。

落ち着いて……私、男はッ正確…そう、性格なのよ…すーはーすーはー扇の陰で肩を大きく動かさないように、ゆっくりと深呼吸をする。

深呼吸を何度かする羽目になったのには理由があった。

私が興奮したと同時に、頭の中に大量の前世における情報が雪崩込み、思わずくらりと後ろに倒れそうになるも何とか二歩下がっただけで、持ちこたえた。

そばで控えていた、私付きのメイドであるイーリスが「お嬢様?」いぶかし気に小声で安否を尋ねてきたので、「大丈夫よ。少し立ち眩みがしただけ」と答えた。

優雅に扇を煽ぐ仕草をしながら、私の脳内はフル回転をしていた。

曰く、この世界は私がドハマリして遊んでいた乙女ゲーム「花の乙女と運命の剣」の世界だという事だ。

なんでゲームの世界に転生しているのか、全く分からないけれど。

むしろそんな事、起こる筈が無いと思っていた。普通に考えなくてもそうだ。


そして、ここが間違いなく「花の乙女と運命の剣」の世界だったら私こと公爵令嬢アリシア・ミュラーは今日、もっと言えば王太子との婚約破棄の断罪イベントによって、この国を追われるハメになる。

勿論、ゲームなので舞踏会には参加しない選択もできたはず。その場合は確か舞踏会から一週間後に王城に呼び出されて、皆の前で婚約破棄の書類にサインをしてから国を出ていく事になる。要は完全なる見世物だ。


婚約破棄の理由は単純で、王太子が新興の男爵令嬢を好きなってしまったから。


そして『真実の愛に目覚めたから彼女と一生添い遂げたい。ついてはお前が邪魔だ』からと、実に一方的に婚約破棄をされてしまう。

ちなみに、これは本音で婚約破棄の理由としては私と王太子が通っていた上流階級の子弟が集う学園における私の素行の悪さによって断罪されてしまうのだった。

舞踏会で語られる私の罪状の120%はガッツリバッチリ捏造で、私が男爵令嬢に対してした手酷い注意とやらも貴族の観点から言えば、むしろ普通で。注意だけをしてお咎め無しで通してきた、私自身の方が優しすぎると言われてもおかしくないくらいのものだった。


ついでに、アリシアが国を追い出された後は、まだゲーム序盤で弱い主人公のチームに入り立派な壁役として大活躍をする。ラスボスである魔王を倒すまで彼女をチームメンバーとして連れて行く人は多い。

何しろ、アリシアはチームに加入した時点でレベルが50もあり、主人公のレベル上げを助けるために国を追われたようなものだとユーザーからの同情も多く、また仲間になってくれるキャラクターにしては各パラメータのMAX値が高くバランスも良くて何でもこなせるオールラウンダーキャラとして至れり尽くせりな存在だったからだ。


それにしても、と私は軽く遠い目になった。

王妃になるための血のにじむような努力とか、そういった苦労を背負って生きて来た人間を何の配慮もなく国を追い出すとか、いやはや国政のオワコン化が始まってるよ。

王太子のしたい放題で一切、彼を咎めない王様達は正直、危ないし。ガチで国政ヤバすぎでは?これはむしろ、国を追われて出て行く方が幸せなのではないだろうか?普通に結婚しても幸せになれそうにないヤツだ。これ。

彼に好き放題させておく事によって、得られるメリットってあったかな?などと深く思い出そうとしたら、頭がズキリと痛んだので、ようやく私は今の自分の立場をどうにかする方向へ思考を切り替える事ができた。


本当は舞踏会が始まる前に王城にいらっしゃる王太子殿下へ、彼にエスコートをして貰うために伺ったのだ。

まあ彼はエスコートしないんだけど!いつも通り一時間前に王城へ入城し、彼に形式通り目通りをして、頭を下げたら速攻エスコート拒否の言葉を投げつけられて。

殿下付きの二人居る従者さんの『あーこの馬鹿王子…』みたいな気配をいつものように背後に感じられた事が、救いと言えば救いだった。


そして、かなり空しい気持ちで殿下のお部屋を退室してから、王城にある舞踏会のメイン会場を見るともなしに階上から見ていたら、騎士団員が集合し始めて。

そこに現れた騎士団長が、冒頭の通りド好みすぎた。本当にド好みの存在だったのだ。アリシアとして生きてきた中で、真実、心の底から興奮して目も覚めるくらい鮮やかな感情が自分の全身を走った瞬間だった。


恋に落ちてしまったからなのか?それで、ゲームの縛りから外れたのか何なのか。


私は、記憶を取り戻した。


って事で。帰ろう。勿論、元いた世界に戻ることはできないだろうと察してはいる。

何しろ、私が前の人生で最後に見た景色が仕事帰りの帰宅途中で青信号になった横断歩道を歩いていたら、なぜか15トントラックが突っ込んで来て。そこは、横断歩道前に一時停止すべきでは!?何て思った瞬間、鉄の塊と化したトラックの前面部分が、あの日、自分が着ていたコートの布地を裂いて全身に肉迫してきて熱いとも痛いとも、よく判らない衝撃を感じたのが最期だったからだ。

これは確実に亡くなってるわ。そうじゃなくても、植物人間?うん、深くは考えまい。考えても答えのでない事に脳内メモリを使うのはよくないわね。


私は、この世界に転生してしまった。


例え、夢であっても、ここに私の意識があるならば私はちゃんと私が納得がいくように生きて行きたい。

いつか目覚める瞬間がやってきて、目を開けたら全て忘れてしまうものであったとしても。


後悔したくない。


だって私の心は、魂はここにあるから。そっと自分の胸元に左手を添える。どきどきと忙しく脈打っていて、呼吸をする以外にも自分の左手が小さく震えてる感覚がレース地の手袋越しに伝わってきた。

改めて、自分がこの状況に戸惑い怯え惑い震えていた事に気づいて涙が出そうになる。身分を剥奪されて国を追われるなんて、まるで犯罪者だわ。悔しくて、悔しくて、どうして私が!そういう気持ちが強い。

今、この瞬間に思いっきり泣いてしまいたかった。このゲームで遊んでいた時も、随分なストーリーだと思っていたけれど、それがあろう事か自分の人生に現れたショックは大きい。

それでも前世の知識を手に入れる事ができたのは、不幸中の幸いだった。涙が両目から零れ落ちそうになる。泣いてもいいけれど、それは一連の事が終わってからにしよう。

できる手、今からでも打てる手を全て打ってから。私なりに最後まで自分の意思でやり通したその後に、思う存分、たった今、この世界に放り出された私のために泣こう。

だから、私は私自身を大切にすることを!生きることを諦めない!


さて、じゃあどこに行こうか?王城は、一週間後の呼び出し日が来るまでトンズラしていたい場所だし。

実家に戻ると舞踏会に連れ戻される確率1000%超えだと思う。招待されて伺うとお返事までしてるし。

まあ、一応、殿下へご挨拶を済ませてはいるし。私がいないことで、ちょっと問題になりはするかもだけど。

今までの記憶を振り返ってみてもゲーム通りのシナリオ展開まんまだから、つつがなく断罪イベントは私抜きでちゃんと進行しそうだし。嬉しくはないけどね!

そんな事より一週間後、この国から追放される自分の身を考えたら、先立つものの準備に使いたいのは当たり前!

誰かの人生のために私が今!ここで使える時間を無駄にしたくない。

切羽詰まった時に自分の時間を誰かに喰わせてあげるなんて、死んでもごめんだわ。

私は、結局、この王都から二つ先の街にあるミュラー家の別荘へ馬車を走らせたのだった。

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