先輩からのアドバイス

「まさか早紀ちゃんに会えるなんて思ってませんでしたわ。奇遇ですわね」


そう言って天使の微笑みを浮かべている天使メグこと恵さん。

実は彼女、今は大学を卒業した後に親元を離れ、この近くで一人暮らしをしている。その際に父親とひと悶着あったらしいのだが、それはまた別のお話だ。聞いた話では食い下がる父親をVTuber活動で稼いだお金の札束で殴って半ば家出のような形で出てきて今はほぼ絶縁状態のようなものらしいのだが、あくまで噂は噂である。こんな清楚なお嬢様がそんなことをするわけがない。うん。


「この近所に引っ越したのは知ってましたけど、まさかこんなところで会うとは思ってませんでしたよ」


「えっと先輩、この方は……?」


桃花ちゃんが怪訝そうな顔で首をかしげている。


「ああそっか、桃花ちゃんは会ったことないもんね。この人メグ先輩だよ」


「メグ先輩って……あのメグ先輩ですか!?」


そこでようやく気付いたようで、慌てて居直して丁寧にお辞儀をする。


「私、四期生の白井モモカやってます、黒田桃花トウカといいます、以後お見知りおきを」


なんだろう。同じ先輩のはずなのに私のときと比べて余りにも扱いが違いすぎないか?


「そんなに畏まらなくてもいいのよ?先輩後輩というより、これから一緒にやっていく仲間みたいなものだと思ってくれたら嬉しいわ」


「そんな恐れ多いですよ大先輩に向かって……」


「あれ、私も一応先輩なんだけどな」


「「早紀ちゃんだし」」


「どういう意味!?」


ここで私たちが注文したパフェが届いた。桃花ちゃんが言っていた通り美味しそうだ。


「で、ちょっと聞こえちゃったんだけど今後どんなキャラでやっていくか悩んでるんですって?」


私の隣に座ったメグ先輩が話を切り出す。

それに頷く桃花ちゃんは少し恥ずかしそうだ。


「あくまで私の意見だけどね、そこまで真面目に考える必要はないと思うわ」


「え?」


「だって、もうリスナーさんはモモカちゃんのどっちの顔も知っちゃってるわけでしょ?だったらどっちに振っても違和感はあると思うのよ」


確かに、今から元気で明るい面だけ見せていてもリスナーは困惑するだろうし、ヤクザみたいな本性でやっていっても離れてしまう人は少なくないだろう。


「だからね、基本的には今の桃花ちゃんみたいなキャラでやって、時々苛烈なところが見えるくらいでちょうどいいんじゃないかしら?桃花ちゃんがこうやって真面目に考えてることはリスナーさんにはちゃんと伝わるし、それで離れていく人たちなんて気にする必要ないわよ」


そんな真面目なアドバイスをしながらパフェを口に運び続ける恵先輩。


それ私のなんですけど。

まぁ食べてる姿が可愛いからいっか。


「確かに……そうですね。でも、どうしても先輩方みたいに素の自分で勝負できるほど自信がなくて……」


「でも恵先輩だって全然素じゃないですもんね?」


「……え?」


心底びっくりしたといった表情の桃花ちゃん。そりゃそうだ。この人も桃花ちゃんと同じように配信外ですらこのキャラを貫いている筋金入りなのだから。この人が案外子どもっぽいところがあったり、腹黒いところがあったりするのなんて一期生の二人と私ぐらいしか知らないのではないだろうか。


「そうよ。まぁ、私の場合は幼い頃から親しい友達以外の前ではこういう振る舞いをし続けてきたから半ば癖になってるみたいなところはあるのだけれどね。でも、私が私の本性を配信で出したとしてもリスナーのみんなは受け入れてくれると思っているし、そうじゃないなら私のことなんて見なくていいと思っているわ。バレてしまうまではまだこのままでやっていくつもりだけれどね」


そう言って微笑みかける恵先輩。マジで天使である。

私のパフェはもうなくなりかけている。


「ま、どういう塩梅でやっていくかは桃花ちゃん自身が決めることよ。ただ、早紀ちゃんみたいに素の自分そのままであんな大人数の前で配信できるような人って実は案外少数なのよ。だから気にしなくていいとだけ言っておくわ」


そう言葉を残した恵先輩は、「私はそろそろ配信の準備があるから」とスプーンを置くと店を出て行った。


……私のパフェ……。


「正直さ、私は素の桃花ちゃんも好きだよ」


「え?」


そう切り出す私に桃花ちゃんは困惑したような表情を浮かべる。


「だって面白いじゃん。一緒にゲームしたり雑談したりしてみたいなって思ったよ」


「で、でも、あんまり汚い言葉とかって良くないんじゃ……」


「それうちのライバー……特に二期生全員を否定してることになるよ?」


実際、サイコパスなことばかり言うアリスちゃんとのコラボだってめちゃくちゃ楽しかったし、下ネタモンスターだって暴言ドS姫だってかなりのリスナーに愛されている。それに比べれば多少中身がヤクザなことくらい軽いものだ。


「どうせうちにはカルピスの原液ぐらい濃い連中が集まってるんだしさ、一人配信で素を出すのが怖いんだったら誰かとのコラボでちょっと出してみたらいいんだよ。化け物同士ぶつけたら案外中和されるもんだよ」


「化け物って……先輩ひどいですよ」


そうツッコむ桃花ちゃんの表情はその言葉に反して明るいものだ。


「でも……少し自分に自信が持てたような気がします。家でも一人でちょっと考えてみますね。今日は本当にありがとうございました」


そう言って深くお辞儀をして席を立つ桃花ちゃんと一緒に私も店を出る。

やっぱり礼儀正しくていい子だ。本人は口の悪い人格が自分の本性だと思っているが、こういう真面目な部分も尊重すべき彼女の一面なのだろう。


私の言葉でどれだけ自信をつけてもらえたかは分からないが、今後もまた悩むことがあるようなら先輩としてできる限り精いっぱいのサポートをしてあげよう。



それぞれ別の方向に歩き出し、桃花ちゃんが見えなくなったあたりで私は心の中で叫ぶのだった。


「パフェ一口も食べれてない!!!!!!!!!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



その後の配信にて、時折顔を出すヤクザの人気に火が付いたモモカちゃんは、FPSゲームやホラーゲーム実況などでキレ芸を披露することが通例となり、多くのリスナーに愛されることとなるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る