第6話 梨沙の怒り、そして終わらない課題

Side 梨沙


「…おはよー」


「おはよ。あんた、昨日絶対夜ふかししたでしょ」


私がそう一瞬で気付くのも無理はない。大学に行くためにいつもの待ち合わせ場所に現れた早紀は少しフラフラし、目には濃い隈がついていたからだ。


「んー…昨日、私寝たっけ?」


「私に聞くな!ていうか、え、オール?」


「だって天使あまつかメグ先輩と宇天うてんイナ先輩の暗記項目が多くて…まあ、最高記録は三徹だし。これぐらい大丈夫よ〜!」


「馬鹿なのかな!?ああ…やっぱり嫌な予感が的中した…」


そう言って額に手を当てる私が思い出すのは高2の文化祭のときのこと。


文化祭の実行委員に決まり、模擬店でクラス対抗の売上一位を目指した早紀。他のクラスメイトもほとんどが協力的だったし、実際二人のクラスはぶっちぎりで一位を獲得し、学校の歴代最高売上をも大幅に更新して校長先生から表彰されたのだ。


…もちろんこれだけだったらただのいいお話で終わり。というか、表向きはめっちゃいい話で終わった。


当然そこには私だけが気づいているカラクリがあって…。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねえ早紀、何読んでるの?」


「ん?経営学の本。やっぱ模擬店とはいえこういうのって基本が大事じゃん?」



「ねえ、それは?」


「これ?心理学の論文。どんな装飾とか広告を使ったらお客さんが来てくれやすいかなって」



「…ねえ、その怪我どうしたの?」


「昨日さ、ちょっとでも低コストで美味しい商品作れないかなって研究してたらやらかしちゃって。大丈夫大丈夫、こんなの一週間もすりゃ治るし」



「ねえ早紀?早紀!教室移動しなきゃだよ!」


「んみゅ…ごめん、あと5時間だけ寝かせて…」


「学校終わっちゃうよ!?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



…とまあ、こういうわけだ。

早紀はどうしても、頑張りすぎてしまうクセがある。


本人曰く、


「ほら、私って器用貧乏だからさ?なんでもできる代わりにいい結果出すためには他の人より努力しないとなんだよね…。まあ、大丈夫大丈夫。人間三徹や四徹ぐらいじゃ死なんもんよ」


とのことだが…。

いやまあ、自分で自分の限界を分かっててそこを超えないように頑張ってるのなら問題ないのだろう。

…でもやっぱり親友としては見苦しい。そんなに頑張る必要のないことに魂を割いて、フラフラになっている早紀を見るのはやっぱり辛い。

そして何より…


「ねえ早紀」


「ん?なぁに?」


「歯、食いしばって」


「ほえ?」


パァン!


早紀が私の言葉にこちらを振り返って、一切の疲れを感じさせずいつもどおりの口調で返事をしてきたとき。その痛々しさに我慢ができなくなって私は早紀の頬を思いっきり叩いていた。


「えっと…梨沙?痛いんだけど」


非力な私のビンタなんか痛いはずもないんだからそんなこと微塵も思ってないくせに!


「早紀!」


「は、はい」


「なんで私に相談してくれなかったのよ!私はVtuberの配信時々観てるからそこそこ詳しいし、早紀が言ってくれたら電話で色々教えてあげることもできたんだよ!」

「あ……。いやでも、もう時間遅かったし梨沙に迷惑かなって思ってさ」

「馬鹿!私が、早紀にかけられる迷惑を迷惑だなんて思ってるわけないでしょうがぁ!」

「……」

「いい?親友やら恋人ってのは迷惑かけあってナンボなの!私は早紀のこと親友だと思ってるから、多少早紀に迷惑かけることもするし、早紀に迷惑かけられても気にしないの!ていうかちょっとぐらい迷惑かけてほしいの!早紀も私のこと親友だと思ってるならちょっとは私を頼れバカヤロー!!」


ふう……。やってしまった……。早紀相手にこんなに怒鳴ったの初めてかもしれん…。


すると早紀はポカンとした顔をする。私が早紀に怒鳴ったのが初めてなのでびっくりしてるのかもしれない。そして、一瞬何かを考える素振りを見せた後で、


「……。うん、そうだね。梨沙は今まで私のこと頼ってばっかだったもんね。宿題のわからない部分聞いてくるなんてザラだしそーいえば今の彼氏と付き合えたのもよくよく考えてみれば私のアドバイスのお陰だったよね。うん、これからはもっと私も梨沙を頼るようにするよ」


そう言って早紀はニヤニヤしながら肩に手を置いてきた。


まあ、言いたいことは色々あるしもう一発ビンタしてやりたい気持ちもあるがとりあえず今言うことは一つだけ。


「分かってくれたようで何よりだよチクショウ!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おおお……これが……」


途中で寝てしまうなどのハプニングもなく無事に大学の講義を全て終え、家に帰ってきて早速昨日届いたパソコンを開いたら加瀬さんからメールが届いていたのだ。見ると、


『諸々完成しました!とりあえずはこの画像をシイッターとMeeTubeのアイコンに設定しておいてください!

そして、配信するに当たっての流れとセットアップのやり方はこちらになります!



P.S. 今晩の配信が始まる前に準備終わらせておいてくださいね!』


添付された画像には、これが私のライバーとしての名前なのであろう『狐舞こまいサキ』の名と、「SAKI」と書かれた黒いパーカーの前ポケットに両手を突っ込み、フードを被って恥ずかしそうにしている茶髪のショートカットの少女。まだ少し幼さの見える顔立ちは、自分のアバターだと分かっていても引き込まれてしまいそうだ。


めちゃくちゃ美少女の画像が送られてきたわけだが、それでほうけていても始まらない。

とりあえず加瀬さんに『ありがとうございます!めっちゃ可愛いです!』とだけ返信してMeeTubeとシイッターの名前とアイコンを変更する。あとついでに適当にキャラ設定に準じたステメも。



狐舞サキ@ミラライブ三期生 @Saki_Vtuber

Vtuber事務所ミラライブの3期生、狐舞サキです……。色んな人と仲良くなりたいので私の配信見に来てください……。あ、でもいっぱい来られたらそれはそれで恥ずかしいかも…///


フォロー 1 フォロワー 2309


あとは一応軽く自己紹介のシイートをしておく。



狐舞サキ@ミラライブ三期生 @Saki_Vtuber


今回新しくミラライブのVtuberになりました、サキといいます!色々配信がんばりますのでどうかよろしくお願いします!



……と、そこで気がついた。


何にって?


加瀬さんのメッセージの追伸にだよ。


『今夜の配信』?


え?聞いてないんだけど?と思ってBiscordのチャット履歴を見返すと昨晩のやり取りの最後に『明日の初配信までに…』の文字がはっきりと。


「時間は!?」


慌てて唯一フォローしてあるミラライブの公式アカウントのシイートを確認する。


ミラライブ公式 @Future_Live


『今夜7時から、我らが期待の新人3人の自己紹介も兼ねた初配信を行います!是非ご覧あれ〜!!

彼女らのMeeTubeチャンネル

↓↓↓↓↓↓↓↓         』


とまあ。


「もっとはっきり言っといてほしかったなぁ!ていうか今何時!?」


ディスプレイに表示されている時計を確認すると、18:50。

昨日色々確認した感じ、自己紹介配信の一人あたりの配信時間は約30分なので恐らく3番目である私の出番まではあと一時間以上ある。しかし問題はそこではない!


「あああ……早くレポートやらなきゃ……」


そう。先程、家に帰ってきて自室に入る前にお母さんに言われたのだ。


『Vtuberだかなんだか知らないけど何するにしてもちゃんと宿題全部終わらせてからだからね?』


と。

とりあえずデスクトップの方は同期の配信は一応見るべきだと思うのでそのままに。


大学に持っていっている黒のリュックサックから薄型のノートPCを取り出し、Wordを開いて全速力で文字を打ち込んでいく。

この作業にも慣れたもので、タイピングしている間に次の文章を考えてそれを打ち込んでいる間に次を……という作業をエンドレスでできるようになってきていた。


そしてそのまま10分が経過し、三期生一人目の配信が始まる時間になった。

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