第403話 魔弾の射手(その1)

「セイ、大丈夫なの?」

宮殿から中庭へと戻ってきたセイジア・タリウスにリブ・テンヴィーが声をかけると、

「心配は要らない。ナーガに包帯を巻いてもらった」

女騎士は負傷した右の肩に軽く触れて笑ってみせた。上半身だけ鎧を外してシャツも着替え、同じく矢傷を負った右の頬には絆創膏がぺたりと貼られている。医務室でナーガ・リュウケイビッチに手当をされていたのだ。

「まったく、どうしておまえは怪我ばかりするんだ」

続いて建物から出てきたモクジュから来た少女騎士に文句を言われて「わたしだってしたくてしているわけじゃない」とセイは不満顔をする。15分ほど前まで戦っていた人間とは言えないのんびりしたやりとりにリブはいまひとつ現実味を感じられずにいた。そこへ、

「ほらよ。悪党をひっとらえてきたぜ」

歩み寄ってきたシーザー・レオンハルトが、どさり、と地面に重たげなものを投げ出す。

「おお、トゥーイン殿!」

ジムニー・ファンタンゴが悲鳴を上げ、マズカ帝国大鷲騎士団団長ソジ・トゥーインが意識も定かならぬ状態で体を横たえているのに、国王スコットや重臣たちも思わずどよめく。

「他に生き残りはいねえ。まあ、ひとりやふたり何処かに隠れていたところで今更何も出来やしないだろうけどよ」

現場を検証しようと辺りを見回っていた青年騎士は、翼を折られて無残にも倒れ込んだ「マズカの黒鷲」を見下ろして、

「どうしておっさんを殺さなかった?」

とセイに訊ねた。すると、

「そうする必要はないと思った。ただそれだけだ」

金髪の女騎士は短く返事をしてから「わたしのやり方はよくなかったのか?」と透き通った瞳で訊き返した。

「いいや。生かすも殺すも戦いに勝ったおまえが決めることで、おれがどうこう言うべきじゃなかった」

悪いな、とシーザーは素直に引き下がって溜息をつく。

(こいつはもう終わりだ)

昆虫標本のように壁に縫い付けられた男の姿をシーザーは思い出す。あんな無様を晒してどうしておめおめと生きられるというのか。セイの矢はトゥーインの誇りを粉々に砕き、魂を失くした者が騎士として再起する可能性は皆無に等しかった。ある意味死よりも残酷な結末なのかもしれず、そのために女騎士に余計な質問をしてしまったのかもしれない。おれは案外このおっさんが気に入っていたのか? と自らの心の内を探るように俯き加減になった青年騎士に、

「只今戻りました」

息を切らせて戻ってきたアリエル・フィッツシモンズが大きな声を掛けた。

「おう、ご苦労だった。で、どうだった?」

身を乗り出して訊ねた上官に栗色の天然パーマの美少年はびしっ! と敬礼してから、

「はっ。確認したところ、全員無事でした。多少怪我をした者もいましたが、命に関わるほどではありません」

練兵場でマズカ帝国大鷲騎士団に包囲されていたアステラ王国王立騎士団の様子を観に行っていたアルの報告にシーザーは一瞬唖然となる。一人の犠牲も出さずに窮地を乗り越えられたのが信じられず、

「マジか」

と喘ぐようにつぶやくと、

「マジです」

と副長がにっこり笑ったのに、「よっしゃーっ!」と喜びを爆発させる。部下であり子分でありダチでもある愛すべき騎士たちにもしものことがあれば一生をかけて償おうとまで思い詰めていたこともあって発散されたエネルギーはすさまじく、

「わっ? 何をするんですか、レオンハルトさん」

でかい図体の団長に抱きつかれたアルは目を白黒させる。

「こんな嬉しいことがあるかってんだ。ありがとよ、アル。愛してるぜ、アル」

「ぼくはあなたなんか嫌いです。気持ち悪いから早く離してください」

「うるせえ。黙っておれに抱かれてろ」

心底うんざりした顔の「王国の鳳雛」に頬擦りする「アステラの若獅子」を眺めて、

「ははは。あいつら本当に仲がいいな」

満足げに笑うセイを一瞥したナーガは、

「おまえのエールがよほど効いたと見える」

ぼそっとささやいた。数的不利なうえに武装を解かれていた王立騎士団が大逆転勝利を収めたのは「金色の戦乙女」の檄が彼らのポテンシャルを限界以上に引き出したからに他ならなかったが、

「いや、それは買いかぶりすぎだ。わがアステラの兵士たちの勇猛さをもってすればあれくらいやれて当然だ」

セイが自らの功を認めようとしないのに、「謙遜も行き過ぎると嫌味になる」と「蛇姫バジリスク」は眉をひそめて、

(騎士たちを奮起させただけでも十分すぎるのに)

あろうことか金髪の騎士はその後、大陸一の弓の達人を弓でもって上回ったのだ。一夜のうちに二度も奇蹟を起こした女子を遠巻きにする人々の眼にはとまどいが色濃く浮かんでいた。あまりに優れた者に敬意を超えて畏れを感じてしまっているのかもしれなかった。そんな重苦しい空気の中で、

「タリウスよ」

国王スコットが一歩前に進み出る。そして、

「先程おまえが見せた弓術の腕前、絶技と呼ぶべきすさまじきものであったが」

しばしの躊躇いの後、

「フィッツシモンズに『魔弾の射手』と呼ばれて、おまえは否定しなかったように見えたが、まことにそうなのか?」

真剣な面持ちで問いかけると、いつも快活な女騎士も表情を険しくして、

「いかにも左様にございます」

低い声で短く答える。やはりそうであったのか、と思った王が「では何故それを隠していたのか?」と訊ねるより早く、

「あーあ」

セイがぼりぼりと左手で頭を掻いて、

「できればずっと内緒にしておきたかったのだが、こうなっては仕方がない。包み隠さず事情を説明するしかないんだろうな」

ふわりとした笑みをたたえつつ、

「ねえ、そこのきみ」

ひとりの小者を呼んで、

「ひとつ頼まれてほしいことがある」

とつぶやいた。



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