第400話 夜半の襲撃(その8)

「タリウス伯爵、セイさんに武器を渡すのはぼくらに任せてくれませんか?」

「きみもやるというのか?」

礼儀正しく申し入れされて戸惑っているセドリック・タリウスにアリエル・フィッツシモンズが、

「あなたにはもう一人守らなければいけない人がいるはずです」

さらに言葉を継ぐと、セイジア・タリウスの兄はすぐそばの恋人に目をやって、

「わかった。王立騎士団の団長と副長を信じることにしよう」

とシーザー・レオンハルトに弓を、そしてアルに矢筒をそれぞれ託した。リブ・テンヴィーが気がかりだったのは事実だったからだ。セイを救い出すチャンスを作り出すとが言っていたが、一体どうするつもりなのか?

(威勢のいいことを言っちゃったけど、どうしたものかしらね)

リブの心中は不安に満ちていた。彼女の師匠であるテンヴィー婆さんであればこんなときに超常現象を引き起こして事態を急転させるのも可能だったのだろうが、弟子には超能力は受け継がれていなかった。正確を期すならば、リブも他人の運命を読んだり幻を見せたことはあったが、それはあくまで偶発的なもので彼女自身の意思に基づいたものではなく、思うようにコントロールできたためしはなかった。だから、これまでは自分から発動させようと考えたことなどなかったのだが、今この状況において女騎士を助けるためには自然法則を捻じ曲げなくてはならなかった。人の身を超えた所業をなしうる自信などまるでなかったが、

「やれるかどうかは問題じゃない。やるしかないんだ」

というセイの口癖がリブの頭の中で繰り返されていた。「そんな乱暴な」といつも笑っていた言葉がこの土壇場でなんと頼もしく思えることか。親友と同じ景色を見られた喜びに胸が高鳴った。指を固く組んで目を閉じおのれの中の深い場所へと降りて行く。人間の内側にある秘められた扉から宇宙へと飛び出していこうとする。あまりに心細い作業で、誰かの力を借りたくなる。神の名前を呼ぼうとした。だが、これは自分だけでやらなければならないことなのだ、と心を強く保とうとしたそのとき、

「馬鹿な子だね。なんでもかんでも一人で抱え込むんじゃないよ、っていつも言ってたじゃないか」

とても懐かしい声が聞こえてはっとさせられる。

「助けてほしかったら素直にそう言えばいいのさ」

小さな手が右肩にあてられたのを感じた。そして、

「来たのはわたしだけじゃない」

そう言われるまでもなくもうひとつの気配を感じていた。かつて心から愛し、悲しい別れを経験した血を分けた人がすぐ近くにいる。その人の姿は見えず声も聞こえず触れられもしない。だが、そばにいると信じられる、それだけで十分だった。

(ありがとう。おばあちゃん、おじいさま)

自分を慈しみ育ててくれた二人への感謝の念がとめどなくあふれてきたのと同時に、自他を隔てる境界が失われ、リブ・テンヴィーは大いなるものとひとつになった。


「馬鹿馬鹿しい。祈ったところでどうにもなるものか」

ジムニー・ファンタンゴの嘲笑は、

「あっ!」

ナーガ・リュウケイビッチの叫びでかき消される。頭を垂れて祈りを捧げるリブの胸元にある祖父リヒャルト・アマカリーから受け継がれた「熾炎の真紅石」からまばゆい赤い光が閃いたのだ。宝石が自ら輝きを放つという信じがたい光景に呆然とするアルに、

「おい、ぼさっとしてんじゃねえ」

シーザー・レオンハルトが声をかける。

「えっ?」

「えっ? じゃねえよ。姐御が作ってくれたチャンスを無駄にする気か?」

そのように言われてようやく気付く。室内で奇妙な現象が起こったのと時を同じくして、屋外からけたたましく聞こえていた矢の飛来する音が突然止んでいるではないか。

(リブさんは本当にやってくれたんだ)

アルが驚いたのは一瞬だけで、すぐにシーザーの顔を見て互いに頷き合う。リブ・テンヴィーは立派に役割を果たし、今度は自分たちがやるべきことをやる番だった。



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