第399話 夜半の襲撃(その7)
セドリック・タリウスの見事な立ち居振る舞いで言葉の上では一矢報いるのに成功したものの、
(事態は良くなっていない)
としかアリエル・フィッツシモンズには感じられず気分は滅入るばかりだった。伯爵の持ってきた弓矢は戦況を逆転し得る決め手にはならず、セイジア・タリウスを救えもしない。上官であるシーザー・レオンハルトも同じように思っているだろうとひそかに顔を窺ってみると、
「タリウス伯爵。まさかあんたがそのことを知っているとは思わなかった」
意外なことに王立騎士団長の風貌からはさっきまで漂っていた暗鬱な雰囲気が消え去って山の端に曙光を見出したかのように持ち前の明朗さが蘇りつつあった。「ふん」とセドリックは「アステラの若獅子」に感情を交えない視線をぶつけて、
「わたしとしては、きみがそれを知っていることの方が驚きだがな、レオンハルト団長」
ぶっきらぼうにつぶやいた。どうもこの2人の間には自分の知らない何かが共通の認識としてあるらしい、と悟ったアルの胸に取り残された者特有の焦燥感が湧き上がるが、
「つまり、セイにその弓と矢を渡せばどうにかなる、っていうことなの?」
いかにも興味津々といった様子で問いかけてきたリブ・テンヴィーも事情をよく知ってはいないのがわかって「王国の鳳雛」はやや安堵する。
「ああ。おそらく大丈夫だろう」
と一定の留保をつけた伯爵と、
「100パー、いや120パーいける」
と言い切った青年騎士。2人の性格にかなりの隔たりがあるのが露顕したのはさておき、
「しかし、渡すといっても、一体どうすればいいんだ?」
ナーガ・リュウケイビッチが最大の難関を指摘した。セイに武器を手渡すには矢が飛び交う中庭へと出る必要があり、かなりの危険を伴うのはわかりきっていた。
(元はと言えばわたしが最初に考えたことだ)
セドリック・タリウスは自ら赴く覚悟を決めていた。妹の危機に兄として何もしないわけにはいかない。肉親への愛情と生まれつきの責任感で恐怖心を抑え込んで「わたしが行く」と表明するよりも早く、
「おれが行こう」
シーザーが力強く言い切った。
「無茶だ、シーザー・レオンハルト。たとえおまえでも無事では済まないぞ」
悲鳴をあげたナーガに騎士団長はあっけらかんと笑いかけて、
「矢の1本や2本刺さろうがどうってことねえさ。たとえどたまをぶち抜かれたってセイに届けてやるよ」
そしてセドリックの顔を見つめて、
「あんたはもう十分よくやってくれた。ここからはおれの仕事だ」
見る者を魅了してやまない野性味あふれる笑みをこぼしたが、
「悪いがそれは聞けない話だ。一度始めたことは最後までやりきるのが貴族の流儀だ」
一歩も引く様子を見せないタリウス伯爵に「たはーっ」とシーザーは息をついて、
「呆れたもんだぜ。血は争えない、ってやつか? あんた、セイに似て筋金入りの頑固者なんだな」
「そうじゃない。わたしがセイジアに似ているのではなく、セイジアがわたしに似ているのだ」
訂正してもらおう、と言い返す金髪の美青年に、
(すごいや。レオンハルトさんにまるで臆していない)
タリウス兄妹は度胸の良さもそっくりだ、とアルは感心してしまうが、どちらが危険な任務を担うかをめぐる2人の言い争いは、
「もうやめて!」
とうとう我慢しきれなくなった女占い師が叫んでようやく終わりを迎える。豪放なシーザーと優雅なセドリック、まるでタイプの違う2人は「リブ・テンヴィーに頭が上がらない」という同一の弱点を持っていた。
「セディもシーザーくんも行ってはダメ。2人に危ないことはさせられない」
町一番、いや国一番の美女に気遣われて「若獅子」の心は大いにぐらついたが、
「そんなこと言ってもよ。今一番危ないのはセイなんだぜ。何としてでもあいつを助けなければいけない、っていうのは姐御だってわかるだろ?」
ええ、もちろんよ、とリブは紫の瞳を冷たく輝かせて、
「だから、わたしがなんとかする」
「は?」
「わたしがなんとかしてチャンスを作るから、その間にセイに武器を渡したらいいわ」
無茶苦茶だ、とシーザーもセドリックもアルもナーガも事の成り行きを見守っていた王も重臣たちも誰もが思った。平時ならいざ知らず、無法地帯と化した宮廷でたおやかな才女に何が出来るというのか。だが、
「なに? あなたたち、わたしのことが信じられないの?」
ブルネットの髪を逆立てて威圧してくるリブに人々の疑心は脆くも打ち砕かれる。戦闘中の屋外よりもよほど恐ろしい気配を撒き散らされては抵抗のしようがなかったが、それでも頼りになる年上の女性をなだめようとしたシーザーに、
「よしたまえ、団長殿」
セドリック・タリウスが青年騎士の広い肩に手を置いて制止する。
「ああなったらリブが止まらないのを、きみだってわかっているはずだ」
そう言われてしまえばシーザーも「確かにそうだ」と同意するしかなく、
「わーったわーった。姐御には無条件降伏するのが唯一にして最善の策ってことだ」
「お手上げ」のポーズをとる。
「うむ、そうするがいい。リボン・アマカリーにこの場は任せるべきだ」
国王スコットもリブに素直に従っているのを見て、
(この国で一番偉いのは誰なんだろう)
外国人であるナーガ・リュウケイビッチは不思議に思わずにいられなかった。
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