第379話 老兵は死なず(その1)

すぐ目の前に蝟集していた敵の軍団が瞬く間に消え失せたのを、てんでばらばらの古ぼけた鎧を身につけたアステラ王国の年老いた元軍人たちはしばしの間狐につままれたかのような呆けた表情を浮かべていたが、

「やったぞーっ!」

と誰かが叫ぶとようやく勝利を確信できたのか、眠れる草木を目覚めさせるほどの大声で勝ち鬨を上げた。年甲斐もなくはしゃぎすぎて咳き込む者も少なくなかったが。

「すげえよ、大将。あんた、やっぱりすげえよ」

背の曲がった小柄な男が目に涙を浮かべて近づいてきたのにティグレ・レオンハルトは苦笑いして、

「なんだ。おまえはわしがあんな若僧に敗れるとでも思っておったのか?」

と訊ねた。すると将軍の元部下は首を横に振って、

「いや、もちろん勝つもんだと信じてはいましたよ? でも、おれの憧れだった大将が年を取ってじいさんになっても相変わらず滅茶苦茶強いのが嬉しすぎて、どうにも泣けちまってね。かーっ、こいつはたまんねえや」

ぐすぐすと赤くなった鼻を鳴らした。よく見てみると、他にもおいおい泣き崩れているやつが何人もいるのは涙腺の締まりが悪くなったからだろうか。

(昔はもう少し根性のある連中だったが、年は取りたくないものよ)

と自分のことを棚に上げて呆れてみせた老将軍は、

(とはいえ、皆元気そうで何よりだ。再び会うこともなく逝った者も少なくないのだろうが)

そのように思ってから、あの世に召されて身体を失っても魂だけでここに駆けつけているのだろう、と亡き部下たちのことを思った。遠からず自分も下界を離れるのだ。いずれまた会えるだろう、と感傷を半ば強引に押し潰していると、

「閣下、お疲れ様でした」

と丸々太った男が近寄ってきた。胴体が贅肉でぶくぶく膨れあがったあまり、横長の楕円形をした顔が小さく見えるほどだったが、

(はて、このような者がわが部下にいただろうか?)

レオンハルト将軍が思わず首を傾げると、小男がこれ見よがしに溜息をついて、

「ジューヴェ、おまえいい加減にしろよな。たまに会うたびに一回りでかくなりやがって」

と毒を吐いたのを耳にして「あやつか!」と驚いてしまう。「連突のジューヴェ」といえばかつてアステラ王国黒獅子騎士団でも随一の槍の名人だったが、その当時は痩身でニヒルな笑みを常にたたえたなかなかの美男子だったと老将は記憶していた。その男が、

「仕方ねえさ。最近は何を食っても何を飲んでも美味くてたまらねえんだ」

と太鼓腹をぽんと叩いて底抜けに明るい笑顔を浮かべたのに、

(人は変わるものだが、これは変わりすぎだ)

とさすがの「アステラの猛虎」も絶句してしまう。すっかり別人と化したジューヴェが、

「確かにおれは昔よりもだいぶしたが、おまえは相変わらず小せえな、ガンス。いや、現役の頃よりもさらに縮んだんじゃないのか?」

にやにやと言い放つと、「うるせえ、うるせえ、うるせえ!」と小男ガンスは怒り狂う。ぎゃあぎゃあ見苦しく口喧嘩する2人の老爺を、

「やめんか。騒々しい」

元上官として将軍は一喝する。40年50年前の現役当時と同じやりとりをしている自分たちの進歩のなさにうんざりしながらも、時が流れても変わらぬものがあることにティグレ・レオンハルトは不思議と安堵もしていた。

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