第368話 国境線上の秘闘(その2)

騎士を志す者はなるべく早い時期に得意な武器を決めるのが望ましい、とされている。そして、最初から武芸百般の達人を目指してあれこれ手を出していると器用貧乏になりがちで、まずはひとつの戦法に通じるのが一人前の戦士になるための王道である、というのは騎士団にやってきた新人を鍛える教官ならば当然心得ていることでもあった。生徒の得手不得手を見抜くのは熟練の教師にも難しいことであったが、

「体格に合った得物を選ぶべきだ」

というのは世界中の指導者たちの一致した見解であった。つまり、大柄で膂力に勝る者は大剣バスターソードなどが向いていて、中肉中背の瞬発力に優れた者は短剣ダガーなどが向いていて、この物語に登場する騎士でいえば、シーザー・レオンハルトが長槍を得意とし、アリエル・フィッツシモンズが細剣を常用しているのも、彼らの肉体に適合した武器を選択した結果であった。いかに優れた才覚を持っていようとも、不向きな道具を手にしたが最後、翼のない荒鷲のごとき無用の長物に成り果てる、というひとつの教訓を提示しているようにも見える事象だったが、広大な世界においては何事にも例外が存在していて、これより戦いに臨むトール・ゴルディオもまた一般常識から外れた規格外の異端者のひとりであった。


「おい、見てみろよ」

「ありゃ一体何だ?」

武器をその手に握ったトールの姿を発見した老兵たちの驚愕は、嘲笑へと徐々に変化していった。敵の頭領に対し礼を失した態度を取るのは騎士としてあるまじきことだとわかっていたが、戦争を生き抜き老年に達した彼らであっても未だ見たことのない奇妙な光景に噴き出さずにはいられなかったのだ。

トールの武器、それは鋼鉄製の戦槌ウォーハンマーだった。砕けた言い方が許されるなら「でかいかなづち」で、絶大な破壊力を特色としていたが、鉄鯱騎士団団長が装備しているのは、一般的なハンマーよりもさらに巨大な代物だった。綱のように太い柄はしっかり握りしめるのも難しいはずで、その先端には一抱えほどのでかさのやや歪な重金属の直方体がヘッドとして付着している。人を殺すためでなく、人を壊すのを目的としているとしか思われない、あまりに過剰な威力を持つ禁断の殺戮兵器は本来ならば男たちを震撼させずにはおかないはずだったが、それを手にしているのが騎士として、という以前に成年男性の平均を下回る身長の、どちらかといえば華奢な体格をしたトール・ゴルディオであったために、どうにも滑稽に見えて仕方がなかった。馬鹿でかい武器を持った小柄な若者、というミスマッチそのものとしか言いようのない存在は、童話に出てくる小人か妖精を連想させ、深夜の森林に現出した時ならぬ三文喜劇に、元軍人たちは我慢できずにとうとう大声で笑い出してしまった。

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