第263話 激動の宮廷(その5)

「うむ、レオンハルトよ。言いたいことがあれば何なりと申してよいぞ」

国王スコットは大声を上げた騎士団長に向かって頷いてみせる。宰相ジムニー・ファンタンゴはその後の歴史において極悪人のように語られているが、主君に対する忠誠心は人並み以上に持ち合わせていた、と公平を期すためにも一応擁護しておきたい。しかし、そんな彼でも、

(陛下はどうしてあのような男を目にかけられるのか)

この夜は珍しく、若い王に対して不満を抱かざるを得なかった。長期間にわたりひそかに進めてきた計画がようやく実現しつつあるのと、ただでさえ騎士を忌み嫌っているこの政治家が2のが、シーザー・レオンハルトだからだ。考えるより先に身体を動かす青年と知性一本槍で政界をのし上がってきた長い顔の男の相性がいいはずもないのだが、実のところ、ファンタンゴは初めて顔を合わせる前からシーザーに対して憎悪に近い感情を抱いていた。

(ティグレ・レオンハルトの息子などろくなものではない)

今ではアステラ政界の頂点に立つ辣腕家が、かつて王宮で勤務を始めたばかりのまだ駆け出しだった頃に、上司に命じられて当時黒獅子騎士団団長だった「アステラの猛虎」のもとを訪れた際に、身も凍るほどの恐怖を味わったのを、それから20年近く経った現在でも執念深く覚えていたのだ。といっても、将軍がファンタンゴに何か嫌がらせをしたわけではない。長い王国の歴史でも一二を争う強さを誇った戦士(当時はまだ髪に黒い部分が残っていた)がやったことと言えば、届けられた書類に目を通して、「大儀であった」と使者としてやってきた男の顔をちらりと眺めた、ただそれだけである。しかし、ただそれだけのことが、切れ者として周囲の注目を集めつつあった秀才のプライドを深く傷つけたのだ。

(この男が虎なら、わたしは羽蟻か小蠅のようなものでしかない)

隻眼の一瞥だけで人としての器量の違いを思い知らされ、いつも得意にしていた気の利いたフレーズの一つも言えずに、決壊し掛かった膀胱を守るために内股になってすごすごと立ち去る羽目になった。無数の戦いをくぐりぬけ国のために戦ってきた英雄に書物とディベートで知識を得たつもりになっている才子が太刀打ちできるはずもなかったのだが、

(何が「猛虎」だ。何が騎士だ)

ファンタンゴはこの日の屈辱を一日として忘れたことはなかった。人と動物を分かつのが知性である以上、戦いに明け暮れ肉体を駆使することしか能のない騎士なる存在は獣に近い唾棄すべきものなのだ、とそれ以来騎士そのものを憎むようになり、さらには戦争の終結に際してに人生最大の汚点としか言いようのない目に遭わされ、この冷徹な男にとって騎士は完全に不倶戴天の敵になってしまっていた。とはいうものの、

(あの脳味噌まで筋肉で出来上がった愚か者に何も言えるはずがない)

年齢を重ね、高い地位に就いたことで、今の宰相は騎士に対して少なくとも表面上はいたずらに憎悪を燃やすこともなくなり、シーザー・レオンハルトの不規則発言もある程度余裕を持って受け止めていた。それに加えて、いざというときのための「準備」も万端だった。「アステラの若獅子」は檻に閉じ込められ鎖に繫がれた哀れな存在でしかないのだ。

(もう勝負は決している)

無駄な悪あがきをしているのにも気づかない青年騎士を冷ややかに見つめながら、ディティールに多少の違いはあっても、これまでの展開が自分の描いた筋書きから外れていないことに、ジムニー・ファンタンゴはひそかに満足していた。この後も脚本通りに事態が展開していったとすれば、かつて彼に屈辱を味合わせた騎士の息子に遠からず破滅が訪れるであろう、と考えて、復讐の味が口の中でさらに甘くなったのを感じていた。

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