第256話 女騎士さん、都に着く(その3)

「セディ!」

突然現れたリブ・テンヴィーに抱きつかれても、セドリック・タリウスはあまり驚かなかった。というのも、昼食のために休憩を取っていたときに現れた使いの者から「都のはずれの宿屋で逢いましょう」と書かれた手紙を受け取っていたからだ。伯爵はジンバ村から戻ることをリブには連絡していなかったので、伝言を読んだときにはそれなりに驚いたが、

「まあ、リブだからな」

とすぐに納得した。彼の恋人は人並み外れて賢い上にちょっとした超能力まで持っているのだ。凡人には見えない物が見えてもおかしくはなかったし、これくらいで動揺していては身が持たない、という気もした。これから何十年も彼女と共に生きていくことになれば、とんでもない事件が日常茶飯事のように押し寄せてくるはずで、一刻も早く慣れる必要があった。と言っても、実はもう既に王国を揺るがす大騒動の渦中に彼は巻き込まれていたのだが、

「ずっと心配してたのよ。あなたが無事で帰ってきてくれること、それだけを祈ってた」

とりあえず今は長く離れていた恋人と会えた喜びが若者の胸を満たしていた。彼の身を案じてすすり泣くリブの身体をそっと抱き寄せて、

「すまなかったね。もっと早く帰れればよかったのだが、領主としてのつとめを果たさないわけにもいかなかったんだ。でも、安心してくれ。わたしは今こうしてきみの前に立っている」

どうにかなだめようと優しく声をかけても、美貌の占い師は首を横に振って、

「向こうで危ない目に遭って、痛い思いをしたんでしょう?」

セドリック・タリウスは初めて領地を訪れる途中でマズカ帝国の騎士団に捕まり暴行を受けていた。その際に負った怪我は癒えつつあったが、貴公子の顔面には擦過傷や内出血によって変色した箇所がいくつかあって、それがリブに心痛をもたらしているらしい。嘆く美女を見つめながら、

「きみの言いつけを聞かなかった罰が当たったかな」

といくらか冗談っぽく言った。旅に出る前に「災いが待ち受けている」とリブから警告を受けていたのに、それでも中止しなかったからだ。それを聞いた彼の恋人は、ぐすぐす、と鼻を鳴らして、

「でも、わたしが言っても止められないのはわかっていたし、それで行くのをやめる人なら、わたしはたぶん好きになっていないわ」

たとえ目の前に困難があるとわかっていても信念を貫き通すのがセドリック・タリウスなのだ、と彼女は感じていた。だからこそ、消えた少女を10年以上も待ち続けられたのだし、その一徹さに心惹かれ、その思いに報いたいとも思っていた。

「きみも厄介な男に関わってしまったものだな。心から申し訳なく思ってるよ」

「お互い様ね。あなたこそ面倒な女に捕まってしまったんだから」

軽口を叩けるほどには落ち着いてきたリブを伯爵はじっと見つめ、女占い師もまた愛する人に視線の矢を放つ。身体を寄せ合う美男と美女のまわりはほのかに桃色に光り、居合わせた宿屋の従業員や宿泊客は神話が現実と化したかのようなラブシーンに目を奪われていたのだが、

(熱々というかラブラブだ)

ナーガ・リュウケイビッチもまた例外ではなかった。まだ男性経験の無い娘が興奮したおかげですっかり火照った顔を手で扇いでいると、すぐ隣でセイジア・タリウスが固まっているのに気づいた。リブ・テンヴィーを迎えようと両手を広げた体勢のまま彫像のように硬直している。

「おーい、生きてるかー?」

モクジュの少女騎士は都まで共に旅をしてきた相棒の鼻のすぐ先でひらひらと手を振ったが、笑顔は凍り付いたかのように動かない。あのセクシーなおねえさんにスルーされたのがよほどこたえたらしい、とライヴァルに珍しく同情していると、

「決めたわ」

セドリックの腕の中でリブが小さくそれでいて力強く呟く。

「決めたって、何をだい?」

片方の眉だけを上げた伯爵を見上げて、

「これからは、あなたがジンバ村に行くときはわたしも行くことにするわ。どうせ何度も行くことになるんでしょ?」

思いがけない申し出に「ふうむ」とタリウス家の若き当主はしばし考え込むと、

「それは願ってもない話だが、しかし、きみは虫が苦手だから田舎には行きたくない、と言っていたはずだが」

と首を捻ったが、「それでもその方がいいの」と女占い師は微笑んで、

「虫は嫌だけど、あなたとはなればなれになっている方がずっとつらい、って今回骨身に染みてわかったの。だから、これからはいつも一緒にいたいんだけど、だめ?」

ダメなものか、とセドリック・タリウスは顔を輝かせて、

「そういうことなら次に行くときは新婚旅行も兼ねてきみも連れて行くことにしよう。本当に僻地だからご婦人のお気に召すかはわからないが」

「あなたと一緒なら何処だって天国よ」

愛の言葉をかわすのにも飽きたのか、2人の顔が重力に引かれるように徐々に近づいていく。恋人たちの様子を窺っていた野次馬たちはどよめき、「こんな人目のある場所で?」とうぶなナーガは耳から蒸気が噴き出さんばかりにのぼせあがる。そして、唇と唇がいよいよ触れ合いそうになったその瞬間に、

「お取り込み中の所すまないが」

ようやく復活したセイジア・タリウスが抱き合う兄と親友に声をかけた。

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