第221話 領主の来訪(その6)

「ん? 向こうから誰か来るぞ?」

何処かから聞こえた声につられた村人たちが首を巡らすと、3つの人影がジンバ村へと入ってきたのが見えた。ふだん外部から人がやってくるのも稀な辺境の地に朝も早くから、しかも戦いの余燼がいまだに消えやらぬ中での来訪者に田舎暮らしの老若男女が興味を惹かれないはずがなかった。

3人のうち1人は見覚えがあった。少し前から村に滞在している吟遊詩人カリー・コンプだ。

「おや、カリーったら今まで何処をほっつき歩いていたんだい? 避難場所に姿が見えないから心配したんだよ」

「まったく、目が見えないのに無理するんじゃないよ」

持ち前の美声と整ったルックスで老婆たちの人気者になっていた歌うたいは、

「それは申し訳ないことをしました」

と頭を下げる。彼が敵軍を食い止める役割を担っていたと村人たちは知らず、真実を告げたところで信じてくれそうにないので、カリーはわざわざ説明しようとは思わなかったが、素朴な人たちが自分を本心から気遣ってくれているのが伝わってきて、

(わたしのやったことには意味があったのだ)

と胸が奮い立つのを感じていた。

カリー・コンプ以外の他の2人は初めて見る顔だった。まず目を惹いたのは黒いドレスを身に纏った長身の少女だった。癖のない黒髪を背中まで伸ばした目鼻立ちのはっきりした娘で、セイジア・タリウスの美しさを知っている村人たちも思わず見とれてしまう。女騎士が「陽」の存在であるなら彼女は「陰」の存在とも思われ、男たちの不躾な視線を堂々と受けて立ちながらも、「見る」以上の行為は断固として許さない迫力を秘めていた。踊り子であるとともに拳銃使いでもあるリアス・アークエットがジンバ村に足を踏み入れたのだ。

絢爛たる美貌を誇るリアスは山奥の小村にはまるで似つかわしくなかったが、残る一人も彼女に負けず劣らず浮いていた。夜明け前のまだ薄暗い時刻に自ずと光を放つ金色の髪、空と海と同じ色を持つ瞳、きつく結ばれた唇と高い鼻、スーツも見事に着こなしたその姿に、

「素敵」

とクロエはうっとりして呟く。まるでおとぎ話の王子様が本から抜け出てきたかのようだ、と頬を染める村娘に、

「クロエ、あなたもやっとわかってきたようね」

いつの間にか近づいていたモニカが、ふっふっふっ、と意味ありげにほくそえむ。イケメンに目のない明るい髪の妹が涎を垂らしそうになっているのに、

(いい子なんだけど、あれだけはいただけないわ)

姉のアンナは呆れる。「影」を熱心に看病していたから感心したのに、と思いながらも、

(でも、確かにとてもかっこいい人よね)

突然現れた貴族的な風貌を持った青年から目を離せずにいた。奇妙なことに、彼は凜とした雰囲気を漂わせながらも、顔には傷やアザが見られただけでなく、きちんとセットしてあったはずの髪も乱れ、服のあちこちがほつれて破れていた。何らかのトラブルに見舞われたのだと想像できたが、普通なら「みっともない」と映るであろういくつかの欠点も、かえって若者を魅力的に見せて、人々に親しみを抱かせていた。もし仮に彼が身ぎれいなまま村を訪れていたら、

「お高くとまりやがって」

というやっかみの対象になっていたかもしれず、まさしく災いが福に転じた、というべき事態だった。

(あの人は一体誰なのか?)

村民たちの疑問が膨れあがって風船のように空中に浮き上がるかと思われたそのとき、

「兄上、大丈夫でしたか?」

セイジア・タリウスが青年の方へと駆け寄ってきた。

「心配させて済まなかった。だが、リアスさんがちゃんと手当てをしてくれたから何の問題もない」

「そうでしたか。リアス、ありがとう。恩に着るよ」

金髪ポニーテールの友人に頭を下げられて、

「お安い御用よ。伯爵様からいろんな話を聞けて、わたしも楽しかったから」

雌豹のような少女が意味ありげに微笑んだので、

「兄上、リアスに何か妙なことを吹き込みはしなかったでしょうね?」

「セイジアよ、それは下衆の勘ぐりというものだ。ただひとりの妹に疑われて、兄は悲しいぞ」

しれっとした顔で言い放った美青年に「ですよねー」とリアスも同調する。

(絶対余計なことを言ったに決まってる)

とセイは顔をしかめるが、大人になってからよそよそしい態度に終始していた兄と軽口を叩き合えるほどに仲良くなれたのを嬉しく思ってもいた。すると、

「ちょっと待ってください」

ハニガンが割り込んできた。

「今、セイジア様は『兄上』と仰られましたが、もしやこの方は」

いくらか青ざめた顔をした20歳そこそこの男の顔を見てから、高貴な青年がセイを振り返ると、

「これはハニガンと申す者で、この村の村長を務めています」

妹の説明を聞いた兄は「ほう」と嘆声を漏らしながら、ハニガンをじっと見つめて、

「まだ若いのに感心なことだ。わたしも10代で父上の跡を継いだから、おまえの苦労はよくわかるつもりだ」

これからもしっかりやってくれ、と激励を受けた実直な若者が硬直している背後で、

「セイジア様のお兄さんだって?」

「確かによく似ている」

ひそひそ話をしている村人たちを伯爵はさも可笑しそうに眺めてから、

「申し遅れた。わたしの名はセドリック・タリウスだ。タリウス伯爵家の当主にして、このジンバ村の領主である」

朗々とした声で名乗りを挙げた。


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