第213話 戦いの終わり(前編)
ヴァル・オートモの亡骸のそばから立ち上がったセイジア・タリウスの身体が、ぐらり、と大きく傾いだのを居合わせた人たちは目撃したが、それはほんの一瞬のことで、すぐに体勢を立て直した女騎士はその場から離れようとして、
「おまえたち」
5人の警備隊員に声をかけた。
「ひいっ!」
やはり上官を手にかけた犯罪者を許すつもりはないのか、と恐怖のあまりひとかたまりになってガタガタ震える男たちを見ることなく、
「おまえたち、本当に罪を償うつもりはあるか?」
抑揚のない口調でセイが問いかけた。いかなる意図があるかわからなかったが、もちろんでございます、われわれは心から反省しているのでありまして、二度と同じ過ちをくりかえしたりはしません、などと全員揃って必死で弁明しているようだった(あまりに必死すぎたのか、超がつくほどの早口になって誰も聞き取れなかった)。
「ならば」
金髪の騎士は冷淡な態度を崩さずに話し続ける。
「死んだ仲間を葬っておくんだな。敵であっても野ざらしにするのは気の毒だし、後から村のみんなの手を煩わせるのもどうかと思うからな」
制裁を下されるものと思い込んでいたのに意外なことを告げられて、
「あれ? そこまで怒っているわけでもないのか?」
と当惑する隊員たちをセイはぎろりと睨めつけて、
「それが終わったらさっさとこの村から出て行って二度と戻ってくるんじゃない」
そして、瞳から青い火花をばちばちばち! と飛び散らせて、
「今度その顔を見たら八つ裂きにしてやるから、せいぜいわたしに見つからないように神に祈っておけ。薄暗い側溝にでも隠れてドブネズミみたいにこそこそと一生を終えるがいい」
それは彼女がオートモを殺した連中を決して許しはしない、という宣告であった。
「ぎぃやああああああああああっ!」
「死の天使」とも呼ばれる美貌の騎士の怒りを買った男たちは、絶叫しながら
逃げ去った有象無象を1秒以下で忘れたかのように涼しい顔をしたセイはもう一度動き出そうとするが、
「セイジア様!」
モニカが悲鳴を上げたのは、女騎士が前のめりに倒れたからだ。なんとか膝をついたものの、いつも頼りになる彼女がここまで疲弊した姿を見たことがなかった。
(いよいよか)
セイは自らの体力が尽きたのを悟った。本当ならばとうに空っぽになっていたのをオートモが殺された怒りで予備のエネルギーが発動してどうにか踏ん張れていたのだが、今度こそ本当にゼロになってしまった。だが、
(まだやらなくてはならないことがある)
最強の女騎士の辞書に「諦め」という単語は載ってはいない。敵を撃退してもそれで終わりではない、というのをセイはよく知っていた。まずは村中で燃えさかる炎を消し止めなければならなかったし、鎮火した後で避難した村人たちを呼び戻さなくてはならず、全壊した家々の再建にも取り組まなければならない。それに加えて、
(この国に嵐が迫っている)
ヴァル・オートモが最後に伝えてくれた「計画」を無視することはできなかった。彼女一人で解決するには大きすぎる難問かも知れなかったが、しかしそれでも立ち向かうのがセイジア・タリウスという騎士だった。他者を踏みつけて恥じない悪が、人知れず傷ついて涙を流している人がいる限り、彼女に安息の日は訪れず、戦いの中で生き続けなければならないのかもしれなかった。
「姉上?」
ナーガ・リュウケイビッチがいきなり立ち上がったのでジャロ少年は驚く。「
「いい加減にしろ、馬鹿」
セイを見下ろしながら罵倒するナーガの口ぶりに特段の感慨を含まれてはいないように聞こえた。
「そんなザマで何ができるっていうんだ。しばらく寝ていろ」
「金色の戦乙女」の手足はぶるぶる震え、自分の身体を支えることすら覚束ない有様だった。しかし、
「止めないでくれ、ナーガ。わたしはこの村を救わなければならないんだ。みんなを守らなければならないんだ」
セイの中に宿った不屈の炎は消えはしなかった。使命を果たすまでは死ねない、と肉体の衰弱と反比例するかのように魂は熱くなってふたつの青い瞳を輝かせている。
(まあ、言って聞くようなやつじゃない、って知ってはいたが)
知りたくもなかったのに、と女騎士との結びつきが強くなってしまったのを嘆きながら、
「いいから動くんじゃない」
ナーガ・リュウケイビッチはセイの後ろに回り込むと、背中から彼女の身体を抱きすくめた。
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