第205話 女騎士さんvs「魔術師」(その9)
「おまえが拳法も使えたとは意外だったし、隠し武器に毒を仕込んでいたというのもいかにもずる賢い奴のやりそうなことで感心する。卑怯者も貫き通せばそれはそれで大したものだ」
しかしだなあ、とセイジア・タリウスは微笑みを消すことなく、
「目くらましをしてその隙をつく、というのは結局さっきと同じことをやっているだけじゃないか。もっと新しい手法を開発する努力をすべきだと思うぞ。人は生きている限り、未来に向かって進歩し続けなければならないのだからな」
決闘の場にも関わらず芸術作品の講評をするかのような女騎士の振舞いにナーガも「影」も国境警備隊員たちも唖然とするしかなかったが、ヴァル・オートモはそれどころではなかった。セイの左手にキャッチされた左足から発した耐えがたい激痛に襲われていたのだ。
(この女、なんて馬鹿力だ!)
足首を守る装甲が「金色の戦乙女」の握力にみしみしと軋みをあげているのに恐怖を覚える。人ではない鬼か魔性の類に挑戦してしまったことを、「双剣の魔術師」はこの局面において初めて悔やんでいた。「ふむ」とセイは頷き、
「どうやら今度こそ本当に種切れのようだ」
と言って、ぱっ、とオートモの左脚を軽く押しやった。体勢を崩しながらもどうにか手を突かずに2本の足で立てた警備隊長だったが、
「では、殴らせてもらうぞ」
待望の機会がやっと訪れた喜びに顔を輝かせて、ぐるんぐるん、と右腕を風車のごとく大きく回転させる女騎士。
「いや、あの、ちょっ」
目前に迫った破局を避けるためなら、「魔術師」はなんだってやるつもりだった。恥も外聞もなく逃走を図るのも土下座すら厭わないつもりだった。だが、彼が何をしたところでセイジア・タリウスを止められはしないことはよくわかっていた。逃げたところで、脚は彼女の方がずっと速く(騎士団時代、運動会の徒競走で惨敗した)、謝ったとしても、
「そういう問題じゃない」
と言われるのがオチだった。この底抜けにお人好しな女騎士はかつての部下にいわゆる「愛の鞭」を加えるつもりなのだ。善行を施すのに何を憚るいわれがあるというのか、と正義の暴走特急を止められないのはあまりにもわかりきっていた。
「ヴァル、歯を食い縛れ」
美しい女神は最後通牒を言い渡すと、2、3歩だけ後退して、助走して勢いをつけたうえで鉄拳を始動させた。自らの顔面をロックオンしたロケットパンチが着弾するのはもはや避けられないと観念したオートモは、
「くそったれがあああああっ!」
両目から滂沱の涙を流しながら、あえて女騎士めがけて突進する。完全なる自殺行為だが、敗北を喫したとしても勇気だけは失わなかった、と虚勢を張ろうとするその姿に、
(哀れなやつ。迷わず天国に行くがいい)
敵対する立場ではあったが、同じ騎士としてナーガ・リュウケイビッチも同情を禁じえなかった。
「いい覚悟だ」
セイはにやりと笑って、右腕を鞭のようにしならせる。オーバーハンドが流星にも似た軌跡を描き、そして。
ばごん!
破城槌によって防壁が突破されたときにも似た衝突音が夜のジンバ村に響き、ずずん、と地面が震える。セイジア・タリウスの右のロングフックがヴァル・オートモの顔面の中央部分を過たず打ち抜いたのだ。
「ごあああああああっ!」
女騎士のパンチをもろに喰らった「魔術師」の身体が天に高々と舞い、豆粒ほどに小さくなり、やがて夜空に溶け込んで消え失せた。
「えっ?」
「あれ?」
「どこ行った?」
居合わせた人たちがきょろきょろ首を巡らせてオートモの行方を探していると、
「うあああああああっ!」
数秒後、何物かが悲鳴とともに空から落下し、燃え盛る民家の屋根を突き破った。かなりの勢いで落ちてきたおかげで、火災によって損壊していた家屋はとうとう耐え切れなくなり、ばらばらばら、と大きな音を立てて完全に崩れ落ちた。もちろん、墜落したのは「魔術師」その人に決まっていたが、
(うちが完全になくなっちゃった)
落下した地点に建っていたのは村の娘モニカの実家だった。既に全焼していたために復旧は困難だったが、生まれたときから暮らしていた場所が見る影もなくなってしまったのに少女はさすがにショックを受けたものの、
(でも、まあいいか。近々建て直すつもりだ、ってお父さん言ってたから、取り壊しの手間が省けて逆によかったのかも)
姉のアンナが結婚して婿のマキシムが同居するようになって古い家はだいぶ手狭になった、という事情もあったので、父ベルトランはリフォームを計画していたのである。徹底的な破壊の中に創造と希望を見出すのは若者の特権なのかもしれなかったが、物思いにふける少女をよそに事態は進行を続ける。
「おのれ!」
瓦礫の中からヴァル・オートモが飛び出してきた。全身は塵埃で白く汚れ、女騎士に思い切り殴られた顔面は流血が夥しかったが、それでも目はまだ死んでいなかったので、
「ははは。思ったより根性があるじゃないか。本気で叩いたら、おまえの顔が熟した木の実のように潰れてしまうから多少加減はしたが、それでも大したものだ」
セイジア・タリウスは元部下の奮闘を素直に褒め称えたつもりだったが、
「うるさい! 黙れ! どこまでわたしを愚弄すれば気が済むのだ、この小娘! まだ勝ったと思うんじゃない。勝負はこれからだ!」
裏表のない賛辞はかえってオートモの怒りに火をつけてしまったらしく、「双剣の魔術師」は激昂する。だが、
「いや、それは違う」
セイは静かに、そしていくらか寂しげに呟く。
「ヴァル、残念だが勝負はもう終わりだ」
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