第131話 「蛇姫」、奮闘する(その6)

「おい、決闘するぞ」

セイジア・タリウスがナーガ・リュウケイビッチにそう言ってきたのは、近くの村が滅ぼされて間もない日のことだった。それまでにもセイとナーガは何度となく勝負をしてきた。初回に「鉄荊鞭」を攻略され、二度目に締め落とされてからも、新しい戦術を開発するたびに「蛇姫バジリスク」は「金色の戦乙女」に挑み続けていたのだが、

(小手先でどうにかなる相手じゃない)

何度も敗北を喫したことで、力の差が歴然として存在するのを自覚せざるを得なくなった。一から自分を見つめ直す必要がある、と基礎からやり直している最中だったので、セイの言葉に驚かざるを得なかった。

(そもそも、どうしておまえの方から挑戦してくるんだ)

その点も意味不明だった。仇として狙われる側がわざわざ戦おうとしてくるなど、頭がどうかしているとしか思えない。そんないくつかの事情もあったために、金髪の騎士の申し出にあまり乗り気になれないでいると、

「なんだ。『邪龍』殿を思うきみの気持ちはその程度のものだったのか」

小馬鹿にした態度を取られて頭に血が上り、「やってやろうじゃないか!」と受けて立っていた。あまりにも見え見えの挑発に乗ったのを恥じる気持ちはあったが、この世界で一番愛している祖父の名前を出されてじっと耐え忍べるほどナーガ・リュウケイビッチは我慢強くはなかった。

そのような流れの後で行われた決闘は、当然のように惨敗した。何度も負け続けているおかげで悔しさも感じなくなっている自分に失望していると、

「筋は悪くないが、こうすればもっとよくなると思うぞ」

あろうことか勝者であるセイからアドヴァイスを送ってきた。

「きみは、剣にしても鞭にしても『びゅーん!』と振っているがそれでは物足りない。『びゅん!』と振るべきだ。『びゅーん!』じゃなくて『びゅん!』だぞ。わかるな?」

わかるわけないだろう、と擬音だらけの説明に呆れていると、

「口で言っても伝わらないかもしれないから、実際にやってみよう」

と剣を取って素振りを始めた。すると、

(なるほど、確かに「びゅーん!」よりは「びゅん!」の方がずっといい)

優れた才能を持つモクジュの少女騎士は言葉ではなく感覚で、アステラの女騎士の言わんとするところをつかんでいた。

「わかってくれたようだな」

教え甲斐のある相手だと見込まれてしまったのか、それから毎日、セイとナーガは「決闘」をするようになった。命懸けの戦いを日課のようにこなすのも奇妙であり、それが終わるとお決まりのように手取り足取り熱心に指導してくるのも奇妙だった。さらに付け足すなら、その際のアドヴァイスがいちいち適切なのも腹立たしかった。

(何を考えてるんだ、こいつ?)

浅黒い肌の美少女は金髪ポニーテールの美女の魂胆が読めず、苛立ちを募らせていたが、そのうちに、

「『影』のやつに稽古をつけてやってくれないか?」

セイがさらにわけのわからないことを言い出した。「影」というのは、最近になってジンバ村で暮らすようになった怪しげな男で、初対面が最悪だったこともあってナーガの心証もまた最悪だったのだが、

「あいつはかなりできる男だぞ。最近腕がなまっているのでひと暴れしたいみたいだ」

セイと何度かやり合った経験があるそうで、ナーガも2人の戦いを間近で目撃したことがあった。セイジア・タリウスを標的とする点でナーガと「影」は共通していたわけで、

(やってみる価値はあるかもしれない)

強者と剣を交えることで得られるものはあるはずだ、と興味を抱いたナーガが村へと行くと、

「話はやつから聞いている」

顔色の悪い暗殺者も乗り気になっていた。彼の中では、勝った方がセイに挑戦できる、いわば準決勝戦のような位置づけになっていたらしい。

(やられっぱなしは気に入らんからな)

セイに4度までも敗れたことで意気消沈していた黒い刺客も、自信を取り戻すべく再起を図っていたところに、この話が持ち込まれたのである。

さすがに集落では戦えないので、村のはずれの雑木林でナーガと「影」は対決した。もちろん、命のやり取りまではしなかったものの、2人はお互いに本気を出し合い、持てる限りの力を尽くした、「死闘」としか言いようのない魂のぶつかりあいが他に誰も見る者のいない深い山奥で繰り広げられた。長い時間の後に、

「なかなかやるじゃないか」

両手と両膝を地面につけたままナーガは息も絶え絶えになりながら「影」を褒め称えた。生命力と精神力を最後の一滴まで絞りつくして、もう動けそうになかった。

「それはこっちのセリフだ」

木に背中をもたせかけた「影」の顔から墨のような汗が噴き出ている。久々の戦闘に満足したのか、この男にしては珍しく充実した表情を浮かべている。けけけ、とよく研がれた鎌のような歯を閃かせて、

「セイジア・タリウスから『蛇姫に稽古をつけてやってくれ』と言われたときは何事か、と思ったものだが、いざやってみると案外悪くなかった」

無法者の言葉を聞いたナーガは「え?」と声を出して驚いてしまう。

「いや、わたしはセイに『あいつに稽古をつけてやってくれ』と言われたんだが」

話があべこべではないか。それを聞いた「影」は一瞬呆気にとられた後で、

「どうやら、おれたちはあいつに一杯食わされたらしい」

謀られた、と裏社会の仕事人は苦り切る。なるほど、確かに何らかの考えがあってセイは2人を戦わせたらしいが、

(しかし、どうしてわざわざそんなことを)

ナーガにはその理由がわからずに困惑するしかなかった。


「そうだったのか」

深夜の山道にてひとり強敵と対峙するナーガ・リュウケイビッチはようやくセイジア・タリウスの真意をつかめたような気がしていた。毎日のように行われる「決闘」とその後の指導、そして「影」との稽古、それらは全て「蛇姫」の能力を高めるためのものだった、とようやく理解していた。ジンバ村に襲来する大軍に打ち勝てるだけの技量を少女騎士に身に付けさせようとしたがための計画であり、そして今の彼女にはそれだけの力がしっかりと備わっていた。「鉄荊鞭」の一振りで数人の敵を瞬殺したのが何よりの証明だった。

「そうだったのか」

もういちどつぶやいた。

「きみなら絶対大丈夫だから」

今ならよくわかる。戦いを前にしてセイからかけられた言葉、あれは気休めではなく事実を述べたものだったのだ。もともと一流の騎士だったナーガがさらなる高みへと達しようとしているのが最強の女騎士の眼には見えていたのだろう。

(馬鹿者め。そういうことなら、こそこそしないではっきり言えばいいんだ)

そう思いながらも、セイの気持ちもわかる気がした。祖父の仇から学ぶことを少女が良しとしないのではないか、と気を使ったのだろう。彼女もまたドラクル・リュウケイビッチの死を悔やんでいるのだ、と感じたナーガの胸がかすかに痛んだが、

(おまえはなんという馬鹿なんだ、セイジア・タリウス)

必要に迫られたからとはいえ、自分を付け狙う敵に力をつけさせるなど愚かしい、と思いながらも、たくさんの人を守るためならば自らが不利になるのもいとわない金髪の女騎士の度量の大きさに胸を打たれてもいた。

(感謝などしないぞ)

いかなる事情があったにせよ、祖父を死に追いやった人間に気を許すことはできない。しかし、それでも、

(今夜だけはおまえの思い通りに動いてやる)

ナーガ・リュウケイビッチは心から誓う。満身創痍の少女騎士を辛うじて立たせていたのは、恩讐を越えて紡がれた強い絆に他ならなかった。

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