第115話 女騎士さん、話し合う(中編)
「しかし、ヴァル・オートモか」
ナーガは集会場の穴がちらほら開いた天井(当然激しく雨漏りする)を見上げてから、
「おまえの部下だったのだろう? いったいどういう男なんだ?」
一番奥にいるセイの方を振り向いて訊ねる。
「天馬騎士団でずっと仲間だったからな。腕の立つやつだよ」
その返事に、ナーガと「影」が「おや?」と言いたげな表情を浮かべる。いつも単純明快なブロンドの戦士らしからぬ歯切れの悪さを感じたからだ。
「まさか、おまえよりも強いのか?」
自分で訊いておきながら「影」は「そんなはずはない」と考えていた。自らを4度も打ち負かした女騎士よりも強い人間に存在してほしくない、と思いたかった、という気持ちも少なからずあった。黒い刺客の問いかけに、
「わたしはともかく、シーザーとアルよりは少し落ちる、といったところだ」
シーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズにやや劣る力量、ということであれば、セイジア・タリウスよりはだいぶ劣るということだ、と一流の戦闘者である「
「ただ、正直に言ってしまうが、敵に回したらあの2人よりも手強いかも知れない、と思っている。『魔術師』と呼ばれるだけあっていろんな手を使ってくるんだ。2年以上会わない間にまた新しい戦術を開発しているだろうしな。命懸けで当たらないと勝てないのは間違いない」
セイの言葉の端々ににじんだ緊張感が他の3人にも伝染して、背中に冷たいものが走るのを感じた。自分たちが強敵に狙われているのは紛れもない事実なのだ、と否応なく認識させられる。
「おまえから最初に聞いた話だと、王立騎士団が来るかもしれない、とのことだったが」
「そうなんですか?」
ナーガのつぶやきにハニガンが目を剥いて驚く。王国の正規軍が辺境までやってくるというのだから、冷静でいられなくても無理はないのかもしれない。
「その可能性も考慮しなければならない、ということだったんだけどな。モクジュからの不法侵入者を排除する、という名目があれば武力介入する言い訳にはなる」
実際、ヴァル・オートモはそれを理由にこの村に攻め込もうとしていた。自分たちが敵を招き入れる格好になってしまったのに、異国から来た少女騎士の顔が曇る。
「しかし、最悪の事態は免れた、と言えるのかもしれんぞ。王立騎士団を相手にするよりは国境警備隊の方がまだマシだ」
沈んだ雰囲気を変えるためなのか、「影」が声を張り上げた。単純な兵力においても差がある上に、「アステラの若獅子」と「王国の鳳雛」というツートップが敵に回ることなど想像したくもない、と2人に痛い目に遭わされたことのある暗殺者が、ぎりり、と唇を噛み締めていると、
「おまえの言う通りかもしれないが、シーザー、それにアルなら話せばきっとわかってくれただろうから、騎士団が来た方がよかったかもしれない」
しかし、そうはならず、無事に終わるチャンスも失われた、と淋しげに笑ったセイに、
「オートモさんでは無理なんですか?」
ハニガンが訊ねる。警備隊長が村に来たとき、金髪の女騎士は不在にしていたから、会談の機会を持てれば解決の糸口は見つかるのではないか、とも思ったのだが、
「わたしと同じようなことを、向こうの親玉も考えているのだろうさ」
「親玉、だと?」
セイの言葉にナーガは眉を逆立てて反応する。オートモを背後から操っている何者かを知っているかのような口ぶりだったからだ。
「シーザーとアルとは違って、ヴァルならわたしに説得される心配がないと見込んだからこそ、あいつを送り込んできたんだろう。まあ、確かにあいつに言って聞かせられる自信はないな。決して悪い男ではないが、人の言うことを素直に聞かない気まぐれなところがあるんだ」
かつての部下を突き放すような言い方だ、と話を聞いていた3人は感じ、そういえば、オートモの方もセイを苦手にしているようだった、とハニガンは思い出す。
「それに、もうひとつ憂慮すべきことがある」
金髪の女騎士の口調から漂う緊迫感が集会場を包み込む。
「おそらく、国境警備隊以外も相手にしなければならない」
「なんだと?」
驚きのあまりナーガの金の瞳の輝きが強まる。
「そんなことを貴様は言ってなかったはずだが」
苦情とも疑問ともつかない「影」のつぶやきに、
「余計な心配をさせたくなかったんだが、悪い予感ほど当たってしまうものらしい」
セイは苦みが多量に含まれた笑みをこぼす。
「で、その相手というのは何者なんだ?」
モクジュの少女騎士の問いかけに、
「マズカ帝国の軍隊だ」
セイジア・タリウスはきっぱりと言い切り、ぼろぼろの小屋の中の温度が急激に下がる。
「そう考える根拠は何だ?」
いちはやく衝撃から立ち直った「影」に訊かれて、
「おまえが倒した連中だよ。あいつらは明らかに軍人だったが、わがアステラの者でもモクジュの者でもなかったから、そうなるとマズカなのかな? という気は最初からしてたんだ。わたしはあっちの騎士団と共同戦線を組んだこともあるから、雰囲気はなんとなくわかっていたしな」
しかし、マズカはアステラの同盟国だ。なのにどうして、と訊こうとして、
(いや、だからこそ、ということなのか)
ナーガは自分で答えを見つけ出していた。アステラ王国とマズカ帝国は古くからの友邦であり、姻戚関係や商売上などで深いつながりを持った有力者は大勢いるのだ。セイの言う「親玉」もそういった類の人間で、自らの目的のために隣国から軍隊を呼び込もうとしているのだろう。
「なるほど。理屈ではある。警備隊もグルだったら、軍隊が国境をやすやすと越えることもできるのだろう」
「影」は皮肉の色を隠そうともせず、
(軍を私用できるほどの権力者がこの女を消し去ろうとしているわけか)
戦争を終結に導いた最強の女騎士を横目で眺めた。自分も彼女を付け狙っていたにもかかわらず、いや、付け狙っていたがために、この状況を何より不快に思っていた。少なくとも、自分はおのれの身を顧みることなく戦いを挑んだが、この「親玉」は違う。自らの手を汚すことなく罪もない村人たちまでも巻き添えにしようとしながらも、遠い場所で安穏と生活しているはずの顔も名前も知らない黒幕に対して暗い憎悪を胸の内で煮えたぎらせる。
「それで結局、どれくらいの敵がやってくるのですか?」
村長は直截に訊ねていた。素朴に生きてきた若者は、この戦いに至った背後関係にはさして興味はなく、この危機を切り抜けることしか頭になかった。
「そうだな」
セイは腕を組む目を閉じて黙り込んでから、
「少なく見積もって100。200か300来てもおかしくはない」
さらりと言ってのけた。
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