第114話 女騎士さん、話し合う(前編)

「そうか。ヴァルが来ていたのか」

セイジア・タリウスは腕を組んで目を閉じた。午後も遅い時間になって、ジンバ村の集会場でセイとナーガ・リュウケイビッチとハニガン、そして「影」の4人が顔を合わせていた。椅子があるのに誰も座らずに立ち尽くしているあたりに、村が置かれた状況の厳しさを皆が認識していることがうかがえた。

(あのヴァル・オートモか)

ナーガは唇を噛み締める。かつてモクジュを苦しめた敵の戦士の名を忘れるはずがなく、そんな強者が自分たちを国外へ追放する任務を帯びて現れたことに暗澹たる思いを禁じえなかった。

(やはりあれは「双剣の魔術師」だったか)

入り口近くの壁際に立った「影」は、目撃したばかりの騎士の姿を思い起こして黒い溜息をついてから、

「貴様を褒めたくはないが、セイジア・タリウスよ。どうやら見立てが当たったようだな」

地を這うほどに低い声をかけると、「まあな」とセイは小さく答え、ナーガは無言でうなずいた。

「どういうことです?」

ただ一人言葉に意味が分かっていないハニガンが首を振って他の3人の顔を眺めていると、

「今晩敵襲がある、ということだ、村長」

蛇姫バジリスク」の異名を持つ少女騎士が金色の瞳を輝かせたので、「てきっ⁉」と若い村長は驚いて叫んでしまう。山奥の小さな村が襲われる、ということもさることながら、金髪の女騎士がそれを予測していたことにも仰天せざるを得ない。

「今夜は新月で、そのうえベヌンベに聞いたところでは曇り空だというからな。月明りも星明りもない襲撃に絶好の機会なのは並の騎士でもわかることだし、ヴァルなら尚更見逃すはずもない」

ベヌンベ爺さんの天気予報がよく当たるのはハニガンも勿論知っていたので、セイの話をどうにか飲み込むことができたが、

「ナーガと『影』には少し前に話をして注意を促しておいたのだが、そういえば、きみには話してなかったな。余計な心配をかけたくなかったんだ。悪く思わないでくれ」

金のポニーテールの騎士に謝られて、「いえ、とんでもないことです」と若者は恐縮しながら、

(話を聞いてなくてよかった)

とひそかに胸を撫で下ろしていた。その話を知っていたら、数時間前に国境警備隊隊長と話をした時にボロを出してしまっていたかもしれない。世の中には知らないほうがいいこともある、という教訓を学んだ気持ちになる。

「でも、敵襲、ということはいきなり襲ってくる、ということですか? あの隊長さんはそういう乱暴なことをするよう方には見えませんでしたが」

善良な青年に向かってセイは微笑みかけて、

「世の中にいる人がみんなきみみたいにいいやつだったらよかったのに、って思うよ、ハニガン。だが、残念ながらそうでもないやつの方が多いんだ」

青い瞳を光らせながら、

「ヴァルがここまで来たのは理由が欲しかったからだ」

「理由、ですか?」

きょとんとした様子の村長に「ああ、そうだ」とセイは頷くと、

「いきなり襲ったほうがやりやすいはずなのに、わざわざ警告しに来たのもそのためだ。モクジュから来た人たちを追い払うのに協力してくれればそれで良いし、そうでなくても『ちゃんと事前に伝えておいたのに逆らわれた』『国境警備隊に逆らうということは村人たちは不法侵入者とグルだったに違いない』と実力を行使する大義名分ができる、というわけだ。そうすれば、無辜の民を犠牲にした、と後から文句を言われることもなくなる」

念の入ったことだ、と大きく息をついた女騎士とは対照的に、村長の顔から全ての色彩が消え失せていた。

「実力を行使する、って、まさか、そんな」

そういえば、あのオートモという騎士は、仲間が近くまで来ている、という意味のことを言っていた。それはこの村を襲うために用意された人員なのか、と遅ればせながら理解してしまい、がくがく震えるハニガンに向かって、

「村長、忘れてもらっては困るぞ。相手は村を平気で全滅させるやつだ。『魔術師』にしろやつにそれを命じた黒幕にしろ、自分の欲望のために手を汚すのを厭わない連中なんだ。それはちゃんとわかっておけ」

「影」が吐き捨てるように言ったのは、かつての自分の悪行を思い出したからかもしれないが、ともあれ闇の仕事人の言葉で青年も近くの村人が皆殺しにされた一件を思い出して、

「どうあっても争いは避けられない、ということですね」

平和裏に解決することはないのだ、と悟って沈痛な表情を浮かべた。

「仮に村のみんながヴァルの言うことを聞いたとしても、何らかの理由をつけて全員始末するつもりだろう。そうでないと、モクジュから侵入した悪者たちを正義の国境警備隊が退治した、という筋書きが成り立たなくなる。山を越えてきたのがみんないい人たちだというのを知っているジンバ村の住人にいてもらっては困る、というわけさ」

そこまでするんですか、と呻いた田舎の若者に、

「やつらはもうそこまでのことをしているんだよ。何の罪もない村を滅ぼした時点で既に一線を越えてしまっている」

決然とした口調でそこまで言ってから、

「すまない、村長」

セイジア・タリウスは深々と頭を下げていた。

「セイジア様? いったいどうしてそんなことを」

慌てふためくハニガンに、

「ヴァルが狙っているのはわたしだ。わたしがここにいるおかげで、この村のみんなを巻き込んでしまった。いくら詫びても取り返しのつくことではないが、せめて謝らせてくれ。本当に申し訳ない」

女騎士の美貌には痛切な反省の情が浮かんでいて、彼女の言葉が心からのものであるのは疑いようがなかった。

「わたしにも謝らせてくれ」

ただでさえ混乱しているところへ、ナーガまで頭を下げてきたので純朴な青年は完全にパニックに陥る。

「わたしたちがやってきたことも、このジンバ村が狙われる原因になってしまっている。きみたちはよそから来たわたしたちに温かく接してくれているのに、その恩を返すどころか災難を持ち込むことになってしまった。その責任は全てリーダーであるわたしにある。わたしのことはいくら憎んでくれてもかまわないから、ジャロやパドル、それに他の家来のことは悪く思わないでほしい。どうか許してくれ、ハニガン」

身分の上下にこだわらず、悪いと思ったことを素直に相手に謝罪している2人の美しい戦士の姿に、

(これが騎士というものか)

「影」は目を見張る思いでいた。騎士といえば、実力もないのにふんぞり返って威張り腐っている鼻持ちならない連中ばかりだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい、と認識を改める必要を感じていた。弱きもののために戦う気高き勇者はおとぎ話の中だけでなく現実にも存在しているのかもしれない。

「悪いのはわたしなんだから、ナーガ、きみまで謝る必要はない」

「何を言うか。この事態を招いた責任の一端は間違いなくわたしにもある。いや、おまえよりもわたしの方が悪いに決まっている」

「いやいや、悪いのはわたしだ」

「わたしだ」

妙な言い争いを始めた戦う女子たちにハニガンは噴き出してしまい、

「もうおやめください」

と制止されたセイとナーガは揃って村長の顔を見つめる。

「セイジア様もナーガさんも、おふたりともこの村にとってかけがえのない人です。それでいいではありませんか」

はっきり断言されて、2人の女騎士は照れ臭そうにもじもじしてしまうが、

「あなた方が来られるまで、この村は時間が止まっているのと同じようなものでした。生きながらにしてただ死にゆくのを待つしかない、そんな不毛の土地を、お二人は変えてくれたのです。だから、感謝の思いはあっても悪く思うことなどあるはずがありません」

このときはじめて、ハニガンは父から受け継いだ地位の重責を自分一人だけでしっかりと受け止めることが出来るようになった気がしていた。

「これからやってくる困難をともに乗り越えましょう」

力強く言い切ってから、

「当然助けてくださいますよね?」

わざとおどけた感じで訊ねてみると、

「ああ、もちろんだ。みんなのことは必ず守る」

セイは大きく頷き、

「ありがとう、ハニガン。わたしも出来る限りのことを、いや、出来る以上のことをしてみせる」

ナーガは優しく微笑み、彼女に思いを寄せる若者のハートをときめかせた。緩やかな三角形を描いて連帯を確認しあうセイたちを少し離れた場所から眺めて、

(とんだお人よしどもだ)

これから危険が待ち受けているというのに、と「影」は笑い飛ばしたくなったが、自分もまた強敵からこの村を守ろうと動いていることは確かだったので、嘲りは胸の内に飲み込んで、「けっ」と小さく息を吐くだけにとどめるしかなかった。

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