第90話 リボン・アマカリーの帰還(その1)
「うわあ」
目の前の光景にリブ・テンヴィーは思わず呻いてしまった。
「だから言っただろ?」
その横に並んだセドリック・タリウスが肩をすくめると、
「でも、想像以上にひどかったから」
釈明してから、女占い師は「うわあ」ともう一度言ってしまう。2人はアマカリー子爵家にちょうど到着したところで、正面玄関の車寄せに馬車を止めて降り立つなり目に入ったのは、現在の当主であるロベルト・アマカリーが建てた新しい屋敷だった。相当に珍妙な造形だ、と前もってセドリックが話していたが、
(聞きしに勝るひどさだわ)
リブは絶句する。なんといっても、全体的にピンクに塗られた外壁が目につく。「おばさまのアイディアかしら?」とかつてのリボン・アマカリーは推測する。ロベルトの妻エレナが桃色の服を好んで着ていたのが記憶にあったが、ファッションならともかく、建築に用いるには不適切な色彩だとしか言いようがなく、見ているうちに目がチカチカしてくるのを感じた。デザインにしても、各種の様式がごった煮のように混在していてまるで統一性がない。邸宅というよりも一種の怪物と呼ぶ方がふさわしい代物で、そのくせ規模だけはやたらにでかく、建設にかかった費用も維持する金額も莫大なものと想像できた。
(わたしの住んでいた土地にこんな悪趣味なものを建てないでよ)
かつてのアマカリー家の令嬢は憤慨する。これでは天国の祖父もおちおち眠ってはいられない。
「子爵殿は悪徳設計士にでもだまされたのだろうか?」
同じ貴族として弁護を試みたつもりなのか、伯爵が思わずつぶやくと、
「そうじゃないと思うわ」
リブは溜息をついた。
「ほう? どういうことなのか、賢いリブの意見を聞きたいものだが」
愛情のこもった視線を受けた美女はやわらかく笑ってから、
「センスのない人が張り切っちゃったときに起こりがちなやらかしだと思うわ。とにかく派手にすればいい、って全体的なバランスを考えずにごてごて飾り立てた結果、こういうカオスが生じたんだと思うわ」
なるほど、
「わたしとしては、昔のアマカリー邸の方が好みだな」
そう言いながら、青年は少し離れた場所に立っている古い屋敷を眺めた。大好きな少女に会うために何度となく通った思い出深い場所だ。
「わたしだってそうよ」
懐かしいわ、と言いながらリブも以前住んでいた邸宅を見つめる。10数年の時を経ても、瀟洒なたたずまいは彼女が暮らしていたときと何も変わっていないように見えた。先代アマカリー子爵リヒャルトがこよなく愛した家を、使用人たちが今も彼が生きていた頃と同じように守り続けているのだろう、と思い、リブの紫の瞳は潤みを帯びる。
「おいでなさいましたか」
新しい屋敷の中から現れたのはゲオルグだ。約束の時間通りにやってきた客人たちを出迎えに来たのだ。
「子爵様はご在宅かしら?」
微笑みとともに訊ねてきた美女に、
「一応話は通してあります」
かつて執事だった男は頷き、答えを聞いたリブとセドリックは顔を見合わせた。どうも主人に歓迎されていないらしい、という雰囲気を感じたからだ。
(これも想定の範囲内ね)
それでも彼女に動じるところはなかった。占い師が面会を求めている、とゲオルグから聞いたロベルト・アマカリーは不快感を現したのだろう。賤しく怪しげな人間の分際で貴族に何をしようというのか、と拒否されてもおかしくはなかったが、
「しかし、タリウス伯爵様が同行される、とお伝えしましたので」
面会を許可することにした、というわけらしい。
(ほらな。わたしが一緒に来てよかっただろう?)
(まあね。助かったわ)
すっかり心が通じ合った伯爵と占い師が視線だけで会話しているのをゲオルグは見守りながらも当惑していたが、
「そちらの方は?」
来客が2人だけでないのに気づいて驚く。リブ・テンヴィーとセドリック・タリウスの背後に小太りの中年男性が立っていた。山高帽にフロックコートに茶色のスーツ、鼻眼鏡とちょび髭、といういかにもユーモラスな外見をしていて、
「どうも」
と帽子を軽く上げてにこやかに挨拶してきたあたり、かなりさばけた性格だとうかがえた。
「あら、ごめんなさい。この人には急に来てもらうことになったの」
リブの釈明に「はあ」とゲオルグは要領を得ないまま返事をする。
(特に問題はなかろう)
貴族の下で長年働いて、それなりに人を見る目を鍛えられていた男が見ても、3人目が危険人物とは見えなかった。貴族ではないが、とても親しげな空気をまとった彼を既に好ましく感じ出していた。
「いいでしょう。それでは、どうぞこちらへ」
占い師と伯爵と中年男の3人を招き入れるべく、先導して屋敷に入ろうとしたゲオルグに向かって、
「それ以上進むのは許さん」
誰かが叫んだ。思わず足を止めた一行に向かって、煌々と灯の照らされた屋内から、ずんずん、と足音も高く憤然と何者かが歩いてきた。
「わたしの屋敷に一体何の用だ?」
顔を怒りで赤く染めたロベルト・アマカリー子爵が表に出てくるなり、怒鳴り声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます