第68話 女占い師、再会する(その2)

これまで見てきたように、リブ・テンヴィーとのセイジア・タリウスの態度は喧嘩腰に近いもので、お世辞にも褒められたものではなかった。その後2人は無二の親友となるのだが、

「勘弁してくれ。あの頃のわたしはどうかしてたんだ」

での出来事を女占い師にからかわれるたびに、金髪を戴いた頭を抱えて弱り切るのが常だった。もっとも、

(あなたも大変だったのよね)

リブは本気でそのことを根に持っているわけではない。天馬騎士団に加入して1年半で副長に抜擢されて、地位の重圧を感じていただけではなく、先を越されて嫉妬した年上の部下たちの有形無形の嫌がらせを受けて、14歳の少女は苦悩に満ちた日々を送っていたのだ。団長のオージン・スバルは「やっかみくらい自力で跳ねのけなければ上に立つ資格はない」と表向きは助けようとはしなかった(つまり、裏でひそかに助けていたのだが、そのことをセイが知るのはだいぶ後のことになる)。誰にも頼れない辛い状況の中で出会った不思議な美女に思わず八つ当たりしてしまった次第なのだが、

「ねえ。あのときみたいに、意地悪なセイになってみせてよ。ああいうあなたもなかなか面白かったから」

「だから、やめてくれって!」

リブにとっては格好のからかいの種となる一方で、セイにとっては忘却の彼方に消え去ってほしい過去の汚点となっていたわけである。


話を少しばかり先に進めすぎたので、いったん戻すことにする。

「うらないし、だぁ~っ?」

素っ頓狂な声を上げた少女騎士に美貌の占い師は目を丸くして、

「あら。あたしの仕事に何か問題でも?」

ややハスキーな声で訊ねると、「問題は大ありだ」とセイは吐き捨てるようにつぶやいた。

「占い師などというのは、根拠もない世迷言をべらべらしゃべって人心を惑わす怪しげな職業だ」

ふん、と同じくらいの背丈―この後、セイの身長が伸びてだいぶ差がつくことになるのだが―の美女をあからさまに見下して、

「はっきり言って、こっちも迷惑しているんだ」

「どういうことなのかしら?」

物分かりの悪い占い師に苛立ったのか、少女は占いによってもたらされた不利益を縷々述べ始めた。騎士の中には占いに凝るものが少なくなかった。ラッキーアイテムを肌身離さず持ち歩いたり、気になる異性との相性が良くないと気に病んだりするくらいなら、他愛のないものと大目に見ることができたが、戦いにまで影響が及んでくるとあっては、新米の騎士団副長としても決して無視できなくなっていた。立案された作戦を部下に説明してみせると、「方角が良くない」だの「日にちが悪い」だの文句を言われ、「不吉な前例がある」と反対されたかと思えば「前例がないから不吉だ」と反対されることもあって、

(どうしろというんだ)

後の最強の女騎士もその頃はまだ精神的に未熟な面が残っていて、腹立たしさのあまり物に当たってしまったこともあった。戦闘というのはあくまで合理的に行われるべきものであって、つまらない迷信にとらわれていては勝てる戦いも落としてしまうではないか。

「全くもって馬鹿馬鹿しい限りだ」

理由を話し終えたセイは今一度リブを睨みつけ、

「だから、迷惑している、と言ったんだ。そして、その手の出まかせを言って回る占い師などはくだらない仕事に決まっている。わたしの言っていることに何か間違いがあるか?」

強く言い放った。周囲の目からは騎士が占い師に因縁をつけているようにしか見えず、「そんなことを言われても困る」とリブが反論しても説得力は多分にあったはずだが、

「あなたの言うことに特に間違いはないと思うけど」

眼鏡の美女はあっさりと少女騎士に同意してみせた。

「ふん。自分で認めていれば世話はないな」

そう言いながらも、相手の潔い姿勢にいささか面食らっているセイに、

「でもね、あなたが考えてるほど、世の中は単純なものじゃないわ」

リブは諭すように話しかける。

「なんだと?」

「全てを合理的に考えるのは逆に不合理だ、って言ってるの。はっきりした根拠のない、理屈に合わない物事を全部否定したら、この世界はさぞかしつまらないものになるはずよ。神様にお祈りするのも、食事をするときに『いただきます』『ごちそうさま』と感謝を捧げるのも、はっきり言ってしまえば理由の無いもので、やらなくても別に構わないことだわ。でも、そんなちょっとしたことが、いかにみんなの心を豊かにしてくれているのか、かわいい副長さんには見えていないのかしらね」

淡々とした口調の裏に気迫が感じられて、戦場で決して怯むことのない少女騎士が「ぐっ」と思わず息を飲み込むと、

、騎士は立派な仕事だというのもあなたの言う通りでしょうね。自ら命を擲って人々を守るとても大変な職業だわ。でも、そんな苛酷な任務にあたるからこそ、少しでも何かにすがりたくなる気持ちを分かってあげた方がいいんじゃない? 験を担ぎジンクスを頼りにして心を強く持とうとする。それ自体は何も悪いことじゃないんだから」

年下の少女を紫の瞳で優しく見つめて、

「確かに迷信に囚われて間違った行動をしてしまうのは馬鹿馬鹿しいことだわ。でも、迷信にも存在する理由はちゃんとあるのよ。頭ごなしに否定していいものじゃないの」

そして、

「みんながみんな、あなたみたいに強くて賢いわけじゃないのよ。セイジア・タリウス。他人を思いやれない人間が立派な騎士になれるのかしらね」

「ああっ、もう、うるさいなあ!」

セイは思わず叫んでしまってから、「痛いところを衝かれた」のを認めざるを得なかった。部下の信頼を今一つ得られていないおのれの姿を直視させられたような気がした。だから、まともに反論することもできず、みっともなく怒鳴ってしまったのだ。

「気を悪くしたならごめんなさい」

本来なら自分が謝るべきなのに逆に謝られて、かっとなった少女の顔は真っ赤になる。

「初めて会ったばかりでいきなり、くだらないことをくどくど言ってきて。おまえなんかにわたしの何がわかるんだ」

「そうね。わたしにはあなたのことは何もわからないわ」

差し出がましい口を利いてごめんなさい、とリブが頭を下げてきて、セイの眼から悔し涙がこぼれそうになる。向こうは落ち着いているのに、一人だけいきり立って、わたしはなんて未熟なんだ。そう思いながらも素直に口にできないのもまた未熟さの表れなのだろう。

「もういい。わたしは忙しいんだ。おまえなんかに付き合っている暇はない」

先に声をかけておきながら捨て台詞を吐いて逃げ去ろうとする。みじめなまでの敗走、としか形容できない光景だったが、

(あの子、大丈夫かしら)

リブの胸はセイを心配する気持ちでいっぱいになっていた。かつて妹のように可愛がっていた少女を、やはり今でも実の妹と同じように想っているのに気が付いて、どうにかして助けてやりたかった。今のセイは緊張感で張り詰めたようになっていて、ちょっとしたことで壊れてしまいそうな危うい存在だと思われてならなかった。誰かが支えてやらなければ。しかし、自分に何ができるのだろう、と思い悩んだ女占い師の眼に、疾風のごとき速さで遠ざかっていく少女騎士の小さな背中が見えた瞬間、ひとつの言葉が電光のように閃いていた。

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