第18話 「影」、迎え撃つ(その1)

既に日付が変わった深夜の山道を5頭の馬が疾走している。馬上にあるのはそれぞれ鎧を身に着けた騎士だが、いずれの装甲にも余計な装飾はなく黒く染め上げられ、彼らが乗る馬体にも泥が塗りつけられているため、闇夜を行く彼らを発見するのは常人には不可能だと思われた。加えて、かなりの速度を出しているはずなのに蹄も音を立てず全くの無音で突き進んでいるところを見ると、この集団は明らかに只者ではなかった。もうすぐ彼らは目的地にたどりつこうとしていたが、武装した姿から興奮や高揚感を漂わせることなく、何も思わずにただ夜道を走り抜け、その先にある土地で「やるべきこと」をやる、ただそれだけ考えていたそのとき、かちかち、と小さく音が鳴ったかと思うと、目の前で突然炎が燃え上がった。不測の事態に5人の騎士は急停止せざるを得ない。路上で火が焚かれていて、その脇に何者かが座り込んでいるのが見える。全身黒ずくめの男だ、と騎士たちの目には映っていた。明るい炎で照らされていても顔色は悪く、夜中はもちろん、昼間であっても会いたいと思える人物ではなかった。

「おれは運がいい」

燃えさかる火を見つめながら男はつぶやく。小さな声のはずなのに闇に包まれた森ではよく響いて、騎士たちは背中に氷を突っ込まれた気分になる。このような時間にこのような場所に普通の人間がいるはずがない。深い山の奥に棲むという怪異に自分たちは出くわしてしまったのではないか。そのような恐怖心が何人かの男たちに生じつつあったが、

(くだらん)

馬群の先頭に立つリーダーはさすがに冷静だった。多くの修羅場を潜り抜けてきた彼は迷信などに囚われず、あくまで現実だけを見据えていた。おおかた頭のおかしい浮浪者が旅人の邪魔をしているのだろう。「どけ」と命じて、言うことを聞かなければ強引に蹴散らすまでだ、と再び駆け出そうとしたが、

「昨晩、近くの村が襲われた」

黒い男の言葉に動きを止められてしまう。人も馬も金縛りにあったかのように硬直したのを感じて、けっ、とせせら笑いながらも、男は騎士たちの方を向かずに、勢いよく燃える炎だけを見つめ続ける。

「おれは現場に行ったわけではないが、家は全て燃やされ、村人たちは皆殺されたと聞く。ずいぶんとむごいことをするものだな」

おれが言えた義理ではないが、と心の裡だけで自嘲しつつも、この物語において「影」と呼ばれている男は話を続ける。

「近隣の警護をしている連中は、盗賊に襲撃されたのだろう、と推測しているらしいが、おそらくそうではない、というのは話を聞いただけのおれにでもわかった」

この男は自分たちが来るのを待ち構えていたのだ、と集団のリーダーは悟る。そうでなければ、わざわざこのような酔狂な真似をするはずがない。

「何故そう思う?」

だから、訊ねていた。男の正体と待ち伏せしていた理由を知りたかった。頭目が口を開いたのに、「影」は、にやり、と刃のごとく尖った歯を闇にきらめかせて、

「皆殺しなど、普通の盗賊のすることではないからだ。食糧でも金目の物でも奪っていけば済むことで、わざわざ殺すまでもない。それに、人間というのも貴重な財産なんだ。特に若い男と女は奴隷として高く売り飛ばせる。なのに、それをわざわざ台無しにしてしまうなんて馬鹿げているではないか」

沈黙が立ち込めた山奥に、ぱちぱち、と火の爆ぜる音だけが聞こえる。

「いささか牽強付会が過ぎるように思うが」

「ほう。どういう意味だ?」

重い装甲の間から洩れたリーダーのつぶやきを耳にした「影」が面白くもなさそうに訊き返す。

「貴様が言っているのは、あくまで一般論に過ぎん。そもそも盗賊になるような者は、心根の腐ったろくでなしばかりだ。損得を考えずに暴れ回って殺し回る奴らがいたところで、何の不思議もない」

「なるほど。それはそうかもしれんな」

地べたに座り込んだ黒ずくめの男は炎に両手をかざして、

「確かに、頭のおかしい盗人もこの世の中にいないわけではないから、その一点だけではおれの理屈は成り立たないのは認めるしかない」

だが、と「影」は右手を横に伸ばし、

「おれがそのように考えるのは、他にも理由がある」

と言いながら、ぱっ、と焚火の中に何かを投げ込んだ。炎が勢いを増しただけではなく、色がピンクや青に変化し、白い煙が立ち上り出す。

「思っていたよりも話が長くなりそうなので、燃料を少し足した」

日々の業務を報告するかのように淡々とつぶやいてから、

「話を戻そう。これは直接現地に行った奴から聞いた話だが、襲われた村にはちょっと変わった様子があったようなのだ」

「ほう。いかなる異状があったというのか?」

リーダーの声に好奇心が滲んでいるのを感じた「影」は星も月もない空を見上げて、

「足跡だ」

ぼそっとつぶやく。

「足跡だと?」

リーダーが訊ねる。

「ああ、そうだ。襲われた村には犯人の足跡、それに犯人が乗っていた馬の足跡も残されていたのだが、現場を調べた人間によると、どうやら犯人は5人組らしい」

そこで初めて騎士たちの方を見て、

「あんたらとちょうど同じ人数だな」

皮肉たっぷりに笑ってみせる。

「くだらん言いがかりをするな!」

一人の男が怒鳴ってきたが、

「おいおい。ほんのジョークを本気にするなよ。そんな風に怒っていると、もしかすると本当に犯人なんじゃないか、って思いたくなるぜ」

再び炎の方に向き直りながら、「影」は人の悪い笑みを浮かべる。

「おれが問題にしたいのは犯人が何人いたか、じゃない。その足跡の動き方だ」

「どういう意味だ?」

質問しながらも、リーダーは焦りを覚え出していた。このまま時間を潰していては目的を達成できなくなるが、だからといって目の前に居座る怪人を放置できるはずもなく、この男が何を狙っているのかを確かめなくてはならなかった。

「足跡を見れば、犯人がどのように動いたかもわかる。そして、村に残された足跡を見る限り、その5人組は実に統制の取れた整然とした動きをしていたらしい」

「影」はリーダーをしっかりと見て、

「おかしいと思わないか? さっきのあんたの考えだと、犯人は頭のおかしい血に飢えた盗賊、ということになるが、そんな連中が秩序だった行動をとれるはずがないだろう」

だから、あんたは間違っている。そう言い切ってから、

「つまり、犯人は気まぐれに動き回ったのではなく、あくまでひとつの目的を達成するために動いていたことになる。そして、そのように動けるのは断じて素人ではない、というのは明白だ」

男の漏らした黒い息が闇に溶けていく。

「現場に残された証拠から考えてみると、結論はひとつしかない」

梟も鳴かぬほどに暗い夜を切り裂くように「影」はつぶやいた。

「犯人は盗賊ではない。訓練を積んだプロフェッショナルの集団が、最初から全滅させるつもりで、村を襲撃したのだ」

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