第10話 会議の行方(その4)
「陛下が先程仰られていた件について、若輩の身として僭越ながら意見を述べさせてもらいますが」
アリエル・フィッツシモンズは一礼をしてから、
「わたしは部分的に賛成いたしたいと思います」
ほう、と国王スコットは騎士団副長を見つめて、
「ということは、部分的には反対するということか?」
気を悪くした様子を見せずに訊ねた。
「畏れながらその通りでございます」
「王国の鳳雛」はきっぱりと言い切ると、
「国民に向かって説得に乗り出す、というお考えは正しいと思います。苦しい状況にある者たちは何よりも安心できる言葉を求めているものです」
ただし、とアルは続けて、
「それを陛下がおやりになるべきではない、と不肖このわたしは考える次第であります」
「余には民を言い聞かせる力がない、ということか?」
若い王の言葉に凄味を感じて、会議の出席者たちの背中に、ぞくり、と寒気が走るが、少年騎士はにっこり笑って、
「そうではありません。王はこのアステラにとってかけがえのない太陽のようなお方です。王土をあまねく照らし、人々に恵みを授けるべき役目を担われているのです」
ですから、とアルは深く息を吸ってから、
「王は太陽と同じく常に天空高く輝いているべきだと思うのです。あちらこちらに動かれては、陽が当たらない場所が出来てしまい、皆が不安に思います」
ははは、と王は品のいい笑いを漏らすと、
「なるほど、そういうことか。軽々に動かないのもまた王の使命である、ということか。ようわかった。余の不明を諭してくれて、有難く思うぞ、フィッツシモンズ」
「勿体ないお言葉でございます」
経験豊富な実力者たちの懸命の説得にも心を動かさなかった主君が、アルの穏やかな語り口に翻意したのにテーブルを囲んだ政治家や官僚は驚かされる。いや、落ち着いて話しかけ、ユーモアを忘れなかったからこそ、頑なな王の心を解きほぐすことができたのだろう、とも思い、まだ少年であってもこの副長はかなりの切れ者だ、とその場にいた誰もが認めていた。
「皆を心配させたようですまなかった。じいにもかなり不安にさせてしまったようだ」
国王スコットは臣下に詫びた後で、青ざめた顔の侍従長に笑いかけてから、
「つまり、余の代わりに誰かに民を説得する役割を任せればいい、ということだな、フィッツシモンズよ?」
「まさしくその通りでございます」
アルの答えに、王は「うむ」と鷹揚に頷いてみせてから、
(さて、そうなると誰が適任であろう?)
と考え、家臣たちも同じことを思い悩んでいた。いざ考え出すと、意外な難問であることにすぐにわかった。国民に言い聞かせ安心させる、というのは政治において求められる能力とはまた別物なのだ。王が行けないのであれば、その次に地位の高い人間が行けばいい、などという単純な話ではない。王国のナンバー2といえば、宰相ということになるはずだが、ジムニー・ファンタンゴは辣腕ではあっても温かみを感じさせる人柄とは到底言えず、知識が十分にない民衆に理解できるような噛み砕いた平明な話ができるとも思えない。少なくともこのミッションに関しては不適格だと言わざるを得ない、とファンタンゴ自身も考えていた。では他に誰がいるのか、と考えても国政に携わる人物の中に妥当な存在は思い当たらない。成功すれば莫大な見返りが得られるだろうが、失敗する可能性の方が大きいと見た権力者たちから、われこそは、と立候補の声は上がらなかった。気まずい沈黙が流れる会議の席で、
「ひとつよろしいでしょうか?」
アルがまたしても声を上げた。
「何か考えでもあるのか?」
王に訊かれた少年は少しはにかんでから、
「この役目を果たしてくれるであろう人物を推薦したいのですが」
おお、と広間がどよめく。この難問を解決できるほどの人材がアステラにいるのだろうか、と重臣たちが首を捻っていると、
「この会議に出席している誰かなのか?」
同じような疑問を抱いていたらしい王が少年に訊ねると、
「いえ、この場にはおりません」
「では、民間の、在野の者か?」
「まあ、現在はそうですね」
アルは少し口ごもってから、
「でも、みなさんご存じの方だと思いますよ」
そう言われて、主君も家来も一様に困惑する。全く知らないのならまだしも、名前を知っているはずだ、と言われてかえってわけがわからなくなってしまったのだ。そんな中でただひとり、
(そういうことか)
シーザー・レオンハルトは一足先にその人物の正体に気づき、そしてアルが何を企んでいるのかをようやく理解していた。
「副長殿、勿体ぶってないで早く教えてくれないか」
内務大臣に急かされて、別に勿体ぶったつもりはなかったんだけどな、という表情を浮かべた少年騎士は、
「では、申し上げます」
威儀を正してからその人物の名を告げる。
「わたしのかつての上官である、セイジア・タリウスをこの役割に推薦いたします」
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