第11話 会議の行方(その5)
「セイジア・タリウスだと?」
アルの口から出た意外な名前に王は驚き、会議は騒然となる。
「はい。彼女ならば国民をなだめるのにうってつけかと存じます」
少年騎士が冷静に答えると、「ううむ」と主君は唸り、臣下の意見をよく吟味しようとする。内政に携わったことのない元軍人にして現在は民間人であるセイの存在に思い至らなかったわけだが、しかしながらよくよく考えてみると、国民の間に今でも絶大な人気を誇る女騎士が出馬すれば、その話に人々は耳を傾けるはずだ、というのは想像に難くない話ではあった。それに加えて、
「そういえば、タリウス嬢が皆を説得したことがありましたな」
衛生大臣が深く頷いたのと同様に、出席者たちはかつてのセイの実績を思い起こしていた。戦時中に何度となく国民を鼓舞し、突然の終戦で国内が騒然となったときも、追悼式典で彼女が涙を流す姿によって人々の不満が抑えられたのを、政治家も官僚も忘れてはいなかった。
(あの者は武勇のみならず議論においても優れていた)
国王スコットの脳裏には、深夜の宮廷で戦争を終結に向かわせるために堂々と意見を述べ孤軍奮闘していた「金色の戦乙女」の姿が鮮やかに甦っていた。なるほど、この苦境を抜け出す人材としてセイは適任なのかもしれない、という雰囲気が徐々に作り上げられていきつつあったそのとき、
「待ちたまえ」
鉄を思わせる冷たく固い響きを持つ声を差し挟んだのは、ジムニー・ファンタンゴだ。
「なんでございましょう、宰相閣下?」
可愛らしい容貌の少年が細面の政治家を見やると、
「フィッツシモンズよ、貴様の意見は一考に値するものであるが、しかしながら、タリウスは騎士団長を辞めて、今では公の立場から離れた身なのだ。そのような者に騒動を鎮める役割を担わせるのは、いささか不適切なのではないか?」
ずいぶんと堅苦しいことを言いやがる、とシーザー・レオンハルトはファンタンゴの四角四面な意見に呆れてしまうが、彼以外の出席者は宰相の考えを重く受け止めていた。政治においては法や規則にのっとり前例を踏み外さないようにするのは重要なことなのだ。そういった観点からすれば、たとえ最強の女騎士であっても、在野の人間を大事な使命のために抜擢するのはいささか乱暴である、と映るのも当然の話ではあった。政治の世界には固有のルールがある、というのが、シーザーには奇妙に見えていたが、同じく部外者であるはずのアルはそのことも織り込み済みだったようで、
「はい。それは確かにその通りです。ですから、タリウスを新たに地方巡察官に任命し、騒ぎの起こった土地に派遣すればよろしいかと存じます」
騎士団副長の発した耳慣れない役名に参加者は戸惑い、なんだそれは? とファンタンゴは呆れる。賢い少年だがやはり所詮は軍人でしかない。法に定めのないかつて置かれたこともないポストを女騎士のために新設するなど言語道断だ、と呆れながら、アルに向かって道理を説明してやろうとすると、
「ほう。その手があったのを見落としてましたな」
と叫ぶようにして言ったのは司法大臣だ。四角い頭に古今の法と判例を詰め込んだアステラ随一の法律家として知られる人物だ。
「大臣よ、どういうことなのか説明いたせ」
興味を惹かれた王が訊ねると、
「畏れながら申し上げます。地方の自治を重視し、中央からの介入は最小限にとどめるべき、というのが近年のわが国のありかたですが、以前はそうではなく、都から派遣された役人が各地に赴いては、
「ふむ。それが地方巡察官、というわけか?」
何事かを理解したかのような顔になる若き王に、
「左様にございます。100年以上前に廃止された役職なので、みなさんが知らなくても無理はありませんし、わたしもうっかり失念していたのですが、法は今でも残っています。ですから、フィッツシモンズ殿が言われたように、今回のような未曾有の事態においては復活させるのも決して違法ではなく、確かに一つの有効な手段である、とわたくしめは考える次第であります」
と流暢に説明してみせた司法大臣はアルの方に向き直って、
「まだお若いのに、昔のことをよくご存じですな」
と少年を褒め称えた。いえ、そんな、たまたまです、とアルは赤面するが、「たまたま」で適切な知識が出るものでなく、長い間地道に努力を重ねた結果だというのを、一流の専門家である出席者たちにはよくわかっていた。しかも、騎士が本職である少年が畑違いの分野において、その道のプロフェッショナルたちと堂々と渡り合っているのだから、まさしく驚嘆すべき話で、アルをやりこめようとする当てが外れたファンタンゴの顔色はいつにも増して青ざめたものになっていた。
(小僧を舐めるからそうなるんだぜ、宰相のおっさんよ)
なんとなく気に食わない、と以前から思っていたファンタンゴ(両者の気質を考えれば気が合うわけがないのだが)が部下に言い負かされたのに、シーザーは笑いを噛み殺すのに苦労しつつも、この国の首脳がアルの有能さを本当の意味で理解しつつあるのを嬉しく思っていた。
(おれなんかの部下にしておくにはもったいない、もっとでかい仕事のできる男だ)
生意気な少年を褒めるのも癪に障るので、今まで決してそんな風に言ったことはなく、いつも喧嘩してばかりいるのだが、シーザー・レオンハルトは誰よりもアリエル・フィッツシモンズの能力を認めていたのかもしれなかった。すぐ隣にいる青年騎士のそんな思いは露知らず、議論のペースを掌握したアルはさらに話を進めようとする。
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