第83話 青年騎士、村を訪れる(その2)
「おまえ、こんなところで何を」
驚くセイに、
「ダチがいきなりいなくなったから、気になって様子を見に来ただけだ」
シーザーは少し眉をひそめて答える。恋する女子の顔を見て、彼女が何も言わずに立ち去ったのを思い出して腹が立ってしまったのだが、それ以上に再会の喜びが大きいので抗議の声に迫力は感じられない。
「気になった、って」
それだけで会いに来られるはずはない、とセイは思う。数日がかりの長い旅路を他ならぬ彼女自身が経験したばかりなのだ。
(心配してくれてたのか)
別れの挨拶をせずに出発してしまったおかげで悪友に気を使わせてしまったのを反省しつつも、彼女もまた再会を喜んでいた。しかし、その思いをはっきりと出すことなく、
「そうか。それはご苦労なことだな」
「ああ。まったく、おまえには苦労させられるぜ」
微笑みながら2人は軽口を叩き合う。数か月ぶりに会った、というのが嘘のように「いつもの2人」に戻っていたが、
「ところで、おまえたちは一体何をしているんだ?」
セイに訝しげに見られてモニカは大いに慌てる。
「ああ、いえ、これは、この、セイジア様が思うような、決してやましいことは」
彼女とシーザーは洗濯籠を挟んで身体を密着させる格好になっていたのだ。いかがわしいことをしているように見えなくもない。赤面する村娘に対し、
「いや、このモニカさんがお困りの様子だったので、手を貸しただけだ」
シーザーはあっけらかんとした様子で答える。何の邪心が無いのはあまりにも明白で、モニカは何故か落胆してしまったのだが。
「ふうん」
セイは、あまり納得いかない、といった様子で青年騎士の顔を見ていたが、
「これを持って行ってやろう。きみの家は何処だ?」
シーザーが籠を軽々と抱えて歩き出し、「いえ、そんな」と慌てながらもモニカも一緒についていく。少女の自宅は目と鼻の先だったので2人はすぐにたどり着き、扉の中に姿を消したのだが、
「ん?」
金髪の女騎士が首を捻ったのは、それから間もなく、家から出てきた人影が2つから3つに増えていたからだ。入って行ったばかりのシーザーとモニカに加えて、
「やっと帰ってきたか」
ナーガも出てきたのだ。アンナの具合を見に来ていたのか、とセイはすぐに理解する。病気の娘のもとをモクジュから来た少女騎士は毎日欠かさず訪れていた。
「まあ、おまえのことだから、何処かで道草でも食っているのだろう、と思っていたが」
「そうじゃない。話し合いが思ったよりも長引いたんだ」
セイは少しむっとして反論する。最近になって、彼女はジンバ村以外の集落からも相談を受けるようになり、今日も隣村まで愛馬の「ぶち」に乗って行って来たところだった。「金色の戦乙女」の存在はこの僻地にも知れ渡りつつあり、それはやがて一大騒動へとつながっていくこととなるのだが、とりあえずその件は今は措いておくことにして、話を進めていく。
「わたしからもおまえに少し用事があったのだが、ところで」
すっ、と「
「あのデカブツは何者だ?」
くいくい、と後ろを見ないまま、握り拳から突き出した親指で背後のシーザーを指差す。
「やばいやつだと一目でわかったぞ。いったい、何処の組のものだ?」
おいおい、そりゃねえよ、と言いながら、シーザーがナーガに詰め寄る。
「おれをヤクザみたいに言わないでくれ。初めて会った人間にその言い草はないだろう」
「おまえみたいなカタギがいてたまるものか。おおかた、この村で何か悪さをつもりなのだろう」
青年騎士の抗議にも少女騎士はまるでたじろぐ様子を見せなかったが、
「やめてください、ナーガさん。シーザーさんはわたしを助けてくれたんです。悪い人じゃありません」
モニカが大きな声を上げると、2人の動きが止まった。
「ナーガ?」
シーザーが口を大きく開けると、
「シーザー、だと?」
ナーガは目を大きく見開いた。どちらも思い当たる点があったのだ。やれやれ、と言いたげにセイは馬上で肩をすくめて、
「わたしから勝手に紹介させてもらうぞ。こちらがナーガ・リュウケイビッチで、あれがシーザー・レオンハルトだ」
半ばあった確信の残り半分をセイに埋められて、「アステラの若獅子」と「蛇姫」は呆然としながら互いを凝視しあった。実際のところ、2人は初対面ではなく、かつての戦争で何度か交戦した経験があった。ドラクル・リュウケイビッチとの一騎打ちを望む敵の青年の行く手を阻もうと少女騎士がその前に立ちはだかったこともあったのだが、戦いの最中で相手を気にする余裕はなく、もちろん2人とも鎧を身にまとっていたので素顔を知らなくても無理はなかった。気まずい沈黙の後、
「その節は失礼した」
ナーガはそれだけ言って頭を下げ、
「こちらこそ面倒をかけた」
シーザーも大きな身体を折り曲げた。何を言ったらいいのか見当がつかないので、とりあえず当たり障りのない挨拶をして、敵意のないことを示したつもりだった。とはいうものの、両者の思考は混乱の極みにあった。
(モクジュの戦士が何故アステラにいるんだ? しかも、何故セイと一緒にいる?)
今のシーザー・レオンハルトはアステラ王国王立騎士団の団長の地位にある。型破りな行動ばかりしていても、常に国の守りを第一に考えていた(セイジア・タリウスのことも第一に考えていたが)。そんな彼にとって、かつての敵国の勇士が国内に入り込んでいる状況は見過ごせるものではなく、精神が張り詰めていくのを感じた。
(どうしてこいつがここに。まさか、わたしたちのことを知ってここへ来たのか?)
しかし、より切迫した状況に置かれていたのはナーガの方だった。彼女は寄る辺ない日々を過ごしていて、
「それくらいにしておけ」
ふわあ、とセイがのんきに欠伸をした弾みで、シーザーもナーガも緊張を解いていた。いや、解かされた、と言った方が正確だろうか。
(セイが一緒にいるんだ。悪いことにはならない)
とシーザーは思い、
(セイジア・タリウスが呼び込んだのかと思ったが、そうではなかろう。あの女は愚か者であっても卑怯者ではない)
とナーガは思っていた。つまり、セイへの信頼が互いの疑惑を解くことになったわけだった。青年騎士はともかく、少女騎士は「絶対に違う」と認めるはずもないだろうが。
「え?」
モニカが思わず声を上げたのは、シーザーが、しゃん、と背を伸ばしてナーガの方を見つめたからだ。もともと大きな身体がより大きく見え、凛とした清冽な気を身にまとわせたので、田舎の少女は頬を赤らめてしまう。
「ナーガ・リュウケイビッチ、あんたには言いたいことがあった」
大柄な青年に改まって話しかけられて、「なんだ?」と浅黒い肌の美少女は戸惑ってしまう。そして、
「あんたのじいさんのことは、本当に残念だった。敵ながら尊敬すべき人だった、と今でも思っている。心からお悔やみを言わせてもらう」
そう言って、「アステラの若獅子」は静かに目を閉じ、頭を下げた。嘘偽りのない誠の言葉だと、ドラクル・リュウケイビッチの孫娘には痛いほど伝わっていた。だから、
「ありがたい言葉だ」
とだけ言って目を伏せた。自国では死んだ祖父を罵る者もいるというのに、異国で心から悼む者がいる、という成り行きにナーガは皮肉な思いを禁じえなかったが、それだけにシーザーの言葉は胸を打つものがあった。命懸けで戦う者同士は国を越えて心を通じ合えるのかもしれなかった。
「ティグレ・レオンハルト将軍は健勝であらせられるか?」
ナーガの問いかけにさっきまでの張り詰めたものはなく、声も柔らかなものになっていた。だから、シーザーも気楽な姿勢になって、
「幸い、というか、生憎、というか、かなり元気だな。田舎に引っ込んでカボチャだかキャベツだか毎日作っているそうだ。頼んでもないのに、うちの騎士団に野菜を毎年山ほど送ってきやがる」
はあ、とでかい身体からでかい息を漏らしてから、
「おれが顔を出しても怒鳴られるだけだが、あんたが顔を見せたら喜ぶはずだ。せっかくアステラに来たなら、親父に会ってみるといい」
「いいのか?」
驚くナーガに、
「もちろんだ。もしよければ、おれも力になろう」
感謝する、と答えたナーガの表情はいつもの気の強い彼女らしからぬ、年相応の愛らしいものになっていた。祖父の宿命のライヴァルだったレオンハルト将軍には是非一度会いたいと以前から思っていたのだ。彼女が騎士になる前に一線を退いた「アステラの猛虎」に会って、何を話そうか何を訊こうか、考えるだけで動悸が早まるのを感じた。それが緊張によるものか期待によるものかはわからないが、ともあれ明日の見えない生活を送っていた彼女にひとつの目標ができたのは確かで、気づかないうちに表情も明るいものになっていた。
「よかったですね。2人とも仲良くなって」
さっきまでの険悪さが嘘のように、打ち解けて話をしているシーザーとナーガを見て、モニカは素直に喜び、
「ああ、そうだな」
「ぶち」にまたがったままのセイジア・タリウスも喜んだつもりだったが、笑い合う2人を見ながら、何故かひどくつまらなさそうな表情をしていることに、彼女自身気づいていなかった。
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