第71話 女騎士さん、村人に説明する(前編)

セイジア・タリウスとナーガ・リュウケイビッチの対決の明くる日。セイはジンバ村の集会場に村の大人たちを集めて事情を説明していた。

「きみたちが『よそもの』と呼んでいる人たちは、モクジュからの避難民なんだ」

「ひなんみん、ですか?」

モニカがわかったようなわからないような表情でつぶやく。彼女はまだ十代で大人と認められているわけではなかったが、大好きな女騎士の話を聞きたくて、父親と一緒に参加していた。ちなみに、彼女の姉のアンナは面倒な話を聞きたくないのと、貴族の屋敷から戻って以来健康がすぐれないこともあって、集会場には来ていない。

「ああ、そうだ。あの国は戦争が終わってからも混乱が続いているらしい。そのせいで国にいられなくなって山を越えてここまでやってきた、ということだ」

ナーガとの決闘に実質的に勝利した後で、セイはリュウケイビッチ家の執事パドルから一通りの話を聞いていた。

「あの山を越えるなど、にわかには信じがたいことだが、モクジュに残ったままだと生命の危険もあったらしいからな。ただ、やはり相当な無理を重ねたようで、山を越える間にかなりの数の仲間が命を落としたそうだ。だから、今、あそこにいるのは生き残った人たちなんだ」

村人たちが思わず顔を見合わせたのは、たとえ「よそもの」であっても多くの人間が亡くなったと聞かされれば哀れに思う気持ちがあったからかもしれないが、

「やつらの素性なんかどうでもいい」

そう言い放ったのは鍛冶屋のガダマーだ。一番奥の壁に背を持たれたたまま短く太い腕を組み、髭で覆われた丸い顔をしかめている。

「あんたはそうやって、おれらを連中に同情させようとしているかもしれねえが、おれは『よそもの』なんかと仲良くするつもりなんかねえからな」

もともとセイを追い出そうとしていたこの男は、今でも女騎士に対して強硬な態度を崩していなかったのだが、

「わたしは仲良くしろ、と言うつもりなんかないぞ。むしろ、仲良くするな、と言いたい」

セイがあっけらかんと答えたので、ガダマーのみならず村人たちもみな唖然としてしまう。

「きみたちとあの人たちは明らかに違っている。そんな別々の考えを持っている人たちが一緒になって暮らせばたちまち大喧嘩になるのは目に見えている。だから、仲良くするな、と言ってるんだ。仲良くしようとするから喧嘩になるわけだから、ある程度距離を置いて暮らした方がお互いのためになる」

その話を聞いて、「確かにセイちゃんの言う通りかもしれないねえ」と言ったのはオヒサばあさんだ。「どういうことだい?」と訊いてきた茶飲み友達の老人たちに、

「ほら。あんたらも聞いたろ? 隣村のアロンゾの話だよ。新しく家を建てたんで、離れて暮らしていた親を呼び寄せて一緒に住むことにしたら、お姑さんとお嫁さんが毎日いがみ合って、それ以来家族仲がおかしくなったって話だよ。離れて暮らしていた方がマシだった、って旦那は後悔してるそうだから、二世帯同居もいいことばかりじゃないようだねえ」

「ああ、確かにねえ」「そういえば、あの話聞いた?」とおばあさんたちはゴシップに花を咲かせ始めたが、

(それとこれとは話が違うような気がする)

セイは首を捻ったものの、ばあさんの話を聞いていた村人たちの顔に「なるほど」という思いが浮かんでいたところを見ると、卑近な噂話にもそれなりの効用があるのかもしれない。

「要するに、住み分けをしよう、という話です」

ハニガンが話し始める。村長らしいところを見せよう、といつになく意気込んでいたのは、すぐ横に立っている女騎士に張り合おうとする気持ちがあったからかもしれない。

「あの人たちがあそこにいるのを認める代わりに、われわれの領分には踏み入らせない。そういうことで、向こうのリーダーと話をつけてきました」

正確にはパドルに確約してもらったのだが、彼がナーガの意思に背くはずもないので、実際には同じことだった。

「そして、われわれがあそこに行ったときにも、あの人たちは決して邪魔はしない、とも約束してくれました。だから、今後は自由にあそこに行っていいんです」

ああ、その通りだ、とセイは村長の言葉を引き取って、

「ついでに言えば、モクジュの人たちも食事のためにあの土地で果物を獲ったり狩りをするわけだが、その際に得た食糧の何割かをこの村に納める、とも約束してある。迷惑料、というか土地の賃料、といったところだな」

おお、と人々の間でどよめきが起こったのは、モクジュからの避難民がいるジンバ村の北側の土地は村人たちにとって大事な食料の供給源でもあったからだ。「よそもの」がやってきて以来、彼らを警戒してなかなか足を運べなかったのだが、今後は気にする必要はなくなったようだ、とわかって不安が解消されたのだろう。

「あと、もうじき春になったら畑を作るかもしれない、という話も聞いた。そこで出来た作物も当然村に納めるという話だ」

「ちょっと待ってくれ」

女騎士の話を手を挙げて遮ったのはロイスだ。かつては行商人をしていたが、この村の娘と結婚して以来、定住して真面目に働いている中年の男だ。

「畑を作る、ということはもはや定住する、ってことじゃないか。そうなったら、この村の北に新しい村ができちまう、ってことじゃないのか」

集会場が急にざわつき出し、「それはさすがに困る」という顔をどの村人たちもしているのを見て、

「いや、すまない。こっちの説明が足りなかった。大事な話をするのを忘れていた」

セイが素直に詫びたので、村人たちの動揺もいくらか落ち着きを見せる。この女騎士は戦争の英雄でありながら、全く偉ぶるところがなく、そのために皆からの尊敬を集めていた。

「この話を一番最初にすべきだったな。ロイス、きみの心配は無用だから安心してほしい。あの人たちはあの場所にずっといるつもりなんかないんだ。できれば、今すぐにでも自分の国に帰りたい、と思ってるんだ。だが、さっきも言ったようにモクジュは混乱していてとても戻れる状況にないし、あの人たちの中には、山を越えてから身体を満足に動かせない人もいると聞いている」

だから、今はここにいるしかないんだ、と語るセイの言葉には自国を離れざるを得ない人たちへの思いやりに満ちていて、純朴な村人たちの胸を打った。

「だから、畑を作る、というのも長居をする場合に備えて、という用心のためだから、余計な勘繰りはしなくていい。それに、あの人たちがいなくなったら、畑はこの村のものになるわけだから、別にこちらの損になるわけでもない、と思うが」

言われてみれば、開墾する手間が省けて助かるかもしれない、と村の大人たちは頭の中で損得勘定を始める。山村の暮らしは常に厳しく、義理人情だけでは生きていけるはずもなかった。セイもそこはしっかり理解していて、ナーガたちの存在がジンバ村の不利益にはならないことをアピールする必要があると感じていた。

「それから、モクジュの混乱が長引いて、あの人たちが故郷に戻れない状況が何年も続くようであれば、アステラの別の土地にあの人たちを住まわせることも考えている。わたしが責任を持ってなんとかするから、みんなは心配しなくていい」

兄に頼んでタリウス家の領地の一部を割いてもらうか、あるいは国王スコットに願い出ることも考えていた。何事にも全力で立ち向かうセイジア・タリウスのまっすぐな性格は、この問題においても変わることはなく、彼女の本気はジンバ村の人たちにも届きつつあった。

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