第21話 女騎士さん、村の過去を知る(前編)
レセップス侯爵に連れ去られたジンバ村の娘アンナがセイジア・タリウスと共に戻ってきた事実は、瞬く間に村中に知れ渡り、彼女たちを村の入り口で出迎えた。妹のモニカと身体を寄せ合うアンナに、よかったねえ、と村人たちは皆その帰りを心から喜んだ。生まれたときからよく知っている、言うなれば村全体で育てた少女が戻ってきたのだ。嬉しくないはずがなかった。
「本当になんとお礼を言っていいのか」
そのすぐ横では、2人の少女の父親であるベルトランがセイに何度も頭を下げていた。
「もうよしてくれ。それよりもアンナは身体が弱っているから、ちゃんと休ませた方がいい。栄養もたっぷり摂るんだ」
はにかみながらも女騎士は必要な注意を与え、はい、と父親もそれをしっかりと受け止めた。アンナを連れ戻したセイを感謝をこめて見つめる村人がいた一方で、怪訝な思いで見る者も少なからずいて、ハニガン村長もその一人だった。
(どうしてそこまでしてくれるのか?)
そう思わずにはいられなかった。彼女がジンバ村の領主だという話を信じたわけではなかったが、仮にそれが本当だったとしても、自分の身を危険にさらしてまで一人の娘を助ける女騎士の心のありようは、一般の人間には理解しかねるものがあった。
(それにしても)
若い村長にはもう一つ気にかかる点があった。今日のセイの服装だ。侯爵の屋敷で見つけたのだろうか、男物の服を着ている。ワイシャツの上から焦げ茶色のベストを着けて、やはり焦げ茶色の厚手のスラックスを履いているのだが、問題はシャツにあった。胸元が広く開いているのは男が着る分には問題はないのだろうが、女性が着るのは、しかも彼女のようなスタイルのいい若い女性が着るのはいささか差し障りがあるのかもしれなかった。見事に盛り上がった胸の谷間の上端が見えているのに加えて、首からぶら下がった銀のネックレスが白い肌に彩りを加えていて、なんともなまめかしく見えた。後ろで男たちがひそひそ話をしているのも、これまで気づかなかった女騎士の肢体の魅力を発見したからかもしれなかったが、真面目な青年にしてみれば戸惑いを禁じ得ず、かといって目を逸らせるほど意志も強くなかったので、彼女の姿をチラチラ横目で窺う格好となり、結果的に一番助平らしく見えることになってしまっていたのは、ハニガンにとって不幸なことであった。
「えっ?」
しかし、そんな青年のムッツリスケベのおかげで物事が動くことになるのだから、世の中というのはつくづく不思議にできているものらしい。ハニガン村長はセイに近づくと、
「すみません。ちょっと、そのペンダントを見せていただけませんか?」
女騎士がやや太めの眉をひそめたのは、突然の申し出だったこともあるが、ペンダントをとても大事にしていたからだ。ロケットの中には亡き母親の絵姿が収められていて、一日のどこかで必ず眺めては、天国の母に祈りを捧げていた。
「別に構わないが」
それでも一流の騎士だけあって、心の中の反発を押し隠してペンダントを首から外して青年に手渡した。「すぐに返してくれ」と言ってしまったあたり、反発を隠しきれてはいなかったのだが。
「そんな」
掌に乗せたペンダントを見つめながらハニガンが震え出した。
「ん? どうかしたのか?」
セイも村長の異変に気付く。「母上があまりにもきれいだから感動したのか」と最初は思ったが、ロケットが開かれていないのでそうではないらしい。すると、
「ちょっと来てください」
いきなりハニガンが足早に歩き出す。
「おい、何処へ行く?」
慌ててセイも後を追う。大事にしているペンダントを持ち去られてはたまらない。動き出した2人を見た村人たちも、なんだなんだ、とその後に続いた。娯楽のない村ということもあってか、何か変わったことがあるとすぐに集まって動く習性があるようだ。村長が向かっているのは村の西にある教会だった。白っぽい壁と瓦屋根のいかにもこじんまりとした建物だ。
(そういえばここには来たことがない)
セイはそう考えたが、だからといって彼女の信仰心が失われたわけではない。「信仰は一人一人の中に存在する」と、かつてリヴェット修道院の院長に言われたのが頭にあって、朝晩と食事ごとに祈りを捧げていればそれで十分なのだと思っていた。
ハニガンに続いて中に入る。奥にある祭壇にある蝋燭で照らされた室内は暗い。いい加減に返してくれ、とせっつこうとした女騎士だったが、
「やはりそうなのか」
と青年が顔色を変えているのを見て、何かただならぬことが起こっている、と思わざるを得なくなる。
「いったいどういうことなんだ?」
セイの言葉は、彼女たちに続いて教会に入ってきた村人たちの思いでもあっただろう。みんな揃って狐につままれたような表情を浮かべていて、事態の急変についていけている者はいなかった。ハニガンは女騎士の顔をじっと見つめてから、ごくりと唾を飲み込み、
「あそこをよく見てもらえませんか?」
と言いながら、さらに奥の方へと歩を進めた。
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