第7話 女騎士さん、村に着く(前編)

セイジア・タリウスがジンバ村にたどりついたのは、「ぶち」を手に入れて5日後のことだった。雪の積もった山道ではあったが、「ぶち」の力強い歩みのおかげでさほど苦労することもなかったのは幸運と言えた。

「ここがジンバ村か」

セイは眼下に広がる山間の村を馬上から見下ろす。軍人だった頃の癖で、初めての土地を訪れる前にはじっくりと偵察してしまう。今、彼女は西から村に入ろうとしているわけだが、前方には急峻な山脈が聳え立っていて、連なった頂に白い雪をかぶっているのが見える。この山々は国と国とを分かつ境界でもあって、その向こうはモクジュ諸侯国連邦の領土である。かつてアステラ王国と敵対し戦った国であるが、さすがに高山地帯を抜けて侵略しようとは思わなかったらしく、少なくともセイの知る限りモクジュが山を越えて攻めてきた事例は一度としてなかった。

(それも当然だな。あの山を越えようとすれば、敵と戦う前に全滅しかねない)

今、実際に山脈を目の当たりにしてセイはそう思わざるを得ない。人間よりも自然の方がよほど恐ろしい、というのを歴戦の勇士である彼女はよく知っていた。山から村へと視線を移すと、玩具細工のような民家が立ち並んでいるのが目に留まった。10数軒、といったところで、人口も100人を超えることはない小さな集落だと知れた。このような村ゆえにタリウス家もこれまで気に留めることはなかったのだろうが、今になって自分が派遣されたのはどういうことか、とセイはあらためて考えてしまうが、

「あれこれ考えたところで仕方がない。行けばわかるさ」

「ぶち」を促して、山道を下り出す。既に陽は傾き、あたりは暗くなりだしていた。

「着いたらすぐに休ませてやるからな」

セイは「ぶち」に声をかける。ザマ牧場で暴れていた若い馬にはもう少し手こずると思っていたのだが、意外にもちゃんと言うことを聞いてくれて、嫌がったり暴れたりはしなかった。

(わたしを主人だと認めてくれたらしい)

女騎士はうれしく思っていたのだが、彼女を乗せて歩く「ぶち」の考えとは違っていた。

(こいつはおれがいないとだめなんだ)

と思っていた。何かというと「ぶち」「ぶち」と自分を頼りにしてきて、撫で回したり抱きついたりキスをしてくるのだ。甘ったれで情けないやつだが、頼られるのは悪い気はしないし、弱いものを守りたくなる本能を刺激されてもいた。まとめられた金色の髪が仔馬の尾ポニーテールのように揺れているあたり、人間よりは馬に近いのかもしれない。つまり、「ぶち」にとってセイは、

(おれの女だ)

ということのようだった。恋人である以上、しっかり面倒を見てやろう、と若い馬は意気込んでいた。短絡的にも程がある発想をするのは動物の悲しさ、と言いたいところではあるが、メスに少し優しくされただけで「あいつはおれに気がある」と勘違いしてつけあがるオス、というのは人間でもよく見受けられる事例なので、人のこと、いや、馬のことはあまり言えない。リブ・テンヴィー言うところの「モテの波動」が動物にも通じるのは興味深くもあったが、ともあれそれぞれの思いは食い違っていても、セイと「ぶち」のコンビネーションが上手く行っていたことに間違いはなかった。

「ふうむ」

「ぶち」に乗ったまま村に入ったセイは首を捻る。もうすぐ夕飯時だというのに、人の気配がなく、活気がなさすぎた。まさか既に廃村になっているのか、と思いかけたそのとき、前方で何人かの子供たちが遊んでいるのが見えた。よかった、人がいた、と安堵しつつ、

「すまない。少々訊きたいことがあるのだが」

いきなり声をかけられた少年少女は、びくっ、と飛び上がりそうになる。旅人が訪れることも稀なこの村で見知らぬ人を見て脅えない方がおかしかったうえに、その人が大きな馬に乗っていたとあっては尚更だった。

「いや、怖がらなくてもいいんだ。これは気立てのいい優しい馬だ」

全くもって事実に反していたが、幼い子供たちを安心させるためには虚言を吐くのも厭わないのがセイジア・タリウスだった。その言葉が効いたのか、子供らの眼から恐怖が消えて好奇心に代わりつつあった。

「ここはジンバ村だな?」

そう訊ねると、子供たちは一斉に、こくこく、と頷いた。どうやら間違いないらしい、と思った女騎士は、

「人が見当たらないが、みんな何処に行ってるんだ?」

続けて訊ねると、おかっぱの女の子が、すっ、と道の向こうを指さした。しゅうかいじょう、と誰かが言ったのが聞こえた。

(集会場か)

ということは、村人が寄り合って会議でもしているのだろうか。

(そこになら村長もいるだろう。まずは村の現状を知らねば)

ちょうどいい、と考えたセイは、「ありがとう」と子供たちに告げて、集会場へと進み始める。小さな視線が背中に集まってくるのを感じながらも、女騎士は油断なくあたりの様子に気を配る。

(それにしても)

大人たちが集会場に行って集まっているのだとしても、やはりこの村は明らかに活力に欠けていた。どこか淀んだ沈滞した空気が漂っていて、肌寒さを覚えるのは冬のせいばかりではないのだろう。どうやら何か訳ありらしい、と女騎士は考える。

(そこにわたしがやってきた意味がありそうだ)

もちろん平和であるのに越したことはないが、それでも自分が何かの役に立てるのであればうれしい、と思っているうちに集会場の前にたどり着いていた。さほど大きくない建物だが、中からは明かりが漏れ、会話が聞こえてくる。確かに会議をやっているようだ。すたっ、と「ぶち」から降りる。

「いい子にしてるんだぞ」

ぽんぽん、と愛馬の頬を軽く叩いてから、扉の前に立ちノックをする。返事がない。もう一度ドアを叩いてみても応答はない。話に熱中しているのだろうか、と思いつつも、

「失礼する」

と言いながら扉を開けると、中では十人以上の男女がすし詰めになって怒鳴り合っていた。と言っても、賛成反対に分かれて侃々諤々の議論を繰り広げている、というよりは、大勢で一人をやりこめようとしている、というのが正しいようだった。

「早く何とかしてくれねえと安心できねえ」

「ばあさんも子供たちも不安がってるんだ」

といきりたつ村人たちを、「まあまあ」と奥にいる若い男がどうにかなだめようとしている、という構図になっていた。遅刻したせいで途中から観劇したときのように、事情がさっぱりわからずセイが戸惑っていると、

「あんた、一体誰だ」

扉の一番近くにいた髭をもじゃもじゃと生やした男に、ぎろり、と睨まれた。他の連中も彼女に気付いたらしく、なんだ? 旅の者か? などと建物の中がざわつく。突然やってきた闖入者に村人たちの警戒心が一気に高まるのが女騎士にも伝わる。こほん、と小さく咳払いしてから、

「申し遅れた。わたしはセイジア・タリウスという者だ」

そう名乗ると、それまで喧騒に満ちていた小さな集会場が一気に静まり返った。そして、わずかな沈黙の後で笑いが爆発した。


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