第76話 女騎士さん、少女たちと踊る(その4)

「セインツwithS&R」が踊り出すと、観客は度肝を抜かれた。その動きが少女たちとは思えないほどに激しく速いものだったからだ。

(予選会とはガラリと変えてきたのね)

評価の辛いチェ・リベラも彼女たちの成長ぶりを認めるしかなく、

(これだから、この仕事は辞められん)

ジャンニ・ケッダーは相好を崩していた。未熟な若者が進化する姿を見守るのはこの老人の何よりの楽しみでもあったのだ。少女たちの変化には当然理由があった。

「本番ではいつもと違うダンスがしたい」

5人の少女たちがリアスに直談判してきたのは予選会の翌日だった。今までそんな注文をされたことがないので、美しいコーチは驚いたが、それと同時に喜んでもいた。リクエストをしてきたのは、子供たちの中で理想像が明確になりつつあるからだろう。「なりたい自分」を意識するのは、上達への早道なのだ。しかし、詳しく話を聞いているうちに、少々困ってしまった。どうやら教え子たちは、もっと激しいダンス―たとえばキャプテン・ハロルドが踊っているような―をしたいようなのだが、それは難しい話だった。まだ身体の出来上がっていない女の子が全身がバネでできているかのようなダンサーと同じ踊りをできるはずもないし、リアスにはそんな踊りを教えることはできない。彼女がロザリーから教わったのは、優雅で美麗ないかにも女性らしいダンスなのだ。そこで、「どうしてダンスを変えようと思ったのか」を訊ねてみると、予選会でのセイジア・タリウスの演技に影響されたらしい、とわかった。

「ああいう風に踊ってみたい」

「わたしもセイみたいにかっこよくなりたい」

そう言われると、リアスは自分の中に思い込みがあったのに気づかされた。女の子だからといって、かわいらしい踊りしか踊ってはいけないわけでもなく、かっこいい踊りを踊ってもいいのではないか。そう思うと、もともとチャレンジ精神のあるリアスとしても挑戦したくなってきた。しかも、かっこよさだけを求めるのではなく、かわいらしさもしっかりと残した、両者が共存したダンス、そういったものを目指したのが、今夜の演し物であった。これより先、「セインツ」は「かっこいい女子」として人気を集めていき、大人しく従順であれ、と社会に押し込められていた女子たちの意識までも変える存在となっていくのだが、その出発点となったのが、まさに今回の「ブランルージュ」であったのだ。

腕を鋭く振り抜き、足を高く上げる。高く飛び、強く踏みしめる。飛び散る汗がスポットライトを受けてきらきらと輝く。一糸乱れぬ6人の動きは錬度の高さを感じさせ、3日前に急遽結成された特別ユニットだ、と言っても信じる人はいないものと思われた。見事なコンビネーションを誇る「セインツwithS&R」だったが、しかし、そんな中でもセイジア・タリウスはとりわけ目立って見えた。ただでさえセクシーな今夜の彼女が踊ることで、さらに魅力を倍増させたのだ。激しい動きに豊かな胸が大きく弾み、短いスカートが翻るたびに、男たちはごくりと唾を飲み込み、ばちん、と音が聞こえそうなほどの、星が飛び散りそうなほどの、素敵なウインクが炸裂した瞬間には、心を完全に捉えられ、傍に恋人や配偶者がいるのも忘れて鼻の下を延ばせるだけ延ばしてしまっていた。そのおかげで、このイベントが終わった後で予定されていたいくつかのデートが台無しになったと思うと、この夜のセイはまことに罪作りではあったが、いつも凛々しい女騎士が肌をあらわにして身をくねらせているのを見て嘆声を漏らさない男がいたらそれこそ異常だったであろう。

「自信なくしちゃうわねー」

両隣のシーザーとアルが大興奮しているのにリブ・テンヴィーは諦め顔で溜息を漏らした。特に自分の色仕掛けが通用しなかった(実はそういうわけでもなかったのだが)少年が両目をハートマークにしているのには苦笑いするしかない。もう一方の青年は耳と鼻と口からごうごうと荒い息を吐き出し、全身を小刻みにガタガタ揺らし続けていて、あまりにも動きが激しいので、これを利用して新たな動力機関が作れないものか、とこの国きっての才女は考えてしまう。

(まあ、あの子のポテンシャルからすれば、これくらい当然なのかもしれないけどね。これでまた大勢の殿方に目を付けられちゃうかも)

それはそれで面白くなりそう、とリブは人の悪い笑みを浮かべる。

これまで「セインツ」の踊りが苦手だったセイジア・タリウスが今回に限ってちゃんとやれているのには理由があった。騎士として小さな少女の願いをかなえたい、という強い決意があったのに加えて、

(シュナになりきるんだ)

そう思い込んでいたのも大きかった。代わりの役目を果たすべく、女の子らしく、かわいらしくなってみせよう、という思い込みもまた、女騎士の中に強く存在していたのだ。以前、リアス・アークエットは、「自分は女の子らしくない」という思い込みがあるせいで、セイは「セインツ」の踊りを踊れないのだろう、と考えていたが、つまり、邪魔をしていた思い込みが別の思い込みによって相殺されたことによって、金髪の騎士の動きはなめらかでスムーズなものになっていた、というわけなのだろう。そして、セイにはもうひとつ変わったことがあった。

(あいつ、歌えるようになってる!)

それに気づいたのはアゲハだった。予選会では大きな声を張り上げることしかできなかった女騎士がそれなりに歌いこなしているではないか。嫌な相手の短期間での急成長に、マズカ帝国の歌姫は、ぎり、と唇を強く噛み締める。

セイが歌えるようになったのは、ひとえにリアスの特訓の成果であった。

「声が大きければいいってものじゃないの」

そう何度も叱られた。女騎士の声量の調節に難があるのは、かつて「くまさん亭」の店舗を破壊しかけたことでも明らかだったので、リアスはその点をきつく注意したのだが、ボリュームを抑えられるようになると、セイはなかなかの美声であることがわかり、

「歌うのって楽しい!」

と自分が音痴でないと知った女騎士も大いに喜んだ。もっとも、油断するとつい声が大きくなってしまい、練習場所にしていた廃工場の壁にひびを入れて、リアスにがみがみ怒られてしまったのだが。

(いつかあなたと共演したいものですね)

「くまさん亭」でひどい目に遭ったカリー・コンプもセイの成長に気づき、それを喜んでいた。

ここまでは上手く行っている。予想以上の出来栄えだ、と舞台上の6人も、舞台袖で見守っているシュナも思っていた。だが、問題はここからだ、というのは「セインツ」のメンバーもセイもリアスも痛いほどに分かっていた。

(もうすぐだわ)

リアスの全身に緊張が走る。もうまもなく、この曲の一番の見せ場が訪れようとしていた。彼女がいつも転んでしまう、練習では一度として成功したことのない場面だ。練習で出来ないことが本番で出来るほど甘くはない、というのをリアスはよく知っていた。

(でも、今度だけは成功させたい)

16歳の美少女は強く願った。こんなに頑張ってきたのだから、みんなが助けてくれたのだから、上手く行ってほしい。心の底よりももっと深い場所から願っていた。これまでの人生はつらいことばかりだった。だから、一度くらいいいことがあってもいいのではないか。この世に本当に神様がいるのであれば、奇跡が起こってもいいのではないか。リアスは再び強く願い、信じようとした。そして、その場面がやってきた。

「あっ」

だが、残念ながら、奇跡は起こらなかった。

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