第74話 女騎士さん、少女たちと踊る(その2)

「ブランルージュ」本大会までとにかく時間が足りない、というわけで、セイとリアスと5人の少女は、工場跡で泊まり込みで練習をすることにした。厳しい状況であったが、みんなで一緒に泊まるということで、「合宿みたい」とはしゃぐ子供たちにセイとリアスは顔を見合わせて笑ってしまったりもした。ともあれ、シュナ以外の「セインツ」の4人とセイとリアスによるユニット、名付けて「セインツwithS&R」の猛特訓は夜を徹して行われたのであった。

意外にも、と言っていいのか、「セイは『セインツ』の踊りをマスターできるのか?」という最大の懸念材料は、早いうちに解消された。女騎士は比較的スムーズに踊って見せたのだ。その理由が、曲がりなりにダンサーとしての経験を積んでいたからなのか、それともシュナの願いをかなえようとするひたむきさによるものなのか、それはわからなかったが、難関をクリアーしたことにセイ自身もリアスも少女たちも胸を撫で下ろし、次のステップに進むことにした。


初めて6人揃って踊ることにしたのは、大会2日前の昼過ぎだった。セイが頑張ったおかげで、予定よりスケジュールを早められたことに、リアスは少しだけ明るい気持ちになっていたが、それと同時に身の引き締まる思いにもなっていた。

(今度はわたしが頑張らなくっちゃ)

そう思う彼女の身なりはいつもと違っていて、みんなとお揃いの小豆色のジャージ(子供たちのを作ったときに自分のも一応作っておいた)を着て、長い髪を束ねている。踊りやすい恰好にしてあるのだ。左足を叩き折られて以来、人前で本気で踊るのは初めてだった。少女たちを指導するために、軽く踊ったことならあるが、それとはまるでわけが違う。不安だったが、しかし、やるしかないのだ。ぱん、と頬を両手で軽く叩いて、気合を入れ直す。

「それじゃ、始めるわよ」

既に位置についていたセイと4人の教え子が頷き返したのが見えた。建物の入り口近くでシュナが見守っているのも見える。

「1、2。1、2、3、4」

リアスの掛け声とともに6人は動き出す。彼女がとまどったのは、自分でも思いがけないほど手足を自由に動かせたからだ。ブランクなどなかったかのように、アークエット一座で踊っていた頃のように、軽やかに動けていた。

(すごい)

一緒に踊っていたセイと4人の娘にもそれがわかった。リアスの動きこそが本物の踊りなのだ、とすぐに理解していた。そして、「負けてはいられない」とさらに集中を高めていく。

(これならいけるかも)

リアスの胸は期待と希望に満ちる。もう踊り子としてはやっていけない、と思っていたのに、それは違っていたのだ、と目の前に光が差した気になる。暗くつらい道のりからようやく抜け出せた、と思ったそのとき、

「あっ」

急に左足から力が抜けて、工場の床に転倒してしまった。

「リアス!」

慌ててセイと子供たちが駆け寄る。リアスは目を閉じて呼吸を整えて、「大丈夫」と呟いてから、

「もう1回やりましょう」

と失敗そうに見つめる友人と教え子に微笑んで見せた。途中まではなんとかやれたのだ。続けていけば上手くやれるはずだ、と思っていたし、そう思いたかった。もはや自分一人の問題ではなく、みんなの問題なのだ。諦めてしまいたくはない。立ち上がって、もう一度最初からやり直すことにする。

だが、それから何度やっても同じことだった。リアスは途中で倒れてしまい、最後まで踊り通すことはできなかった。何十回もの同じ失敗の繰り返しに、気持ちの強い16歳の少女もさすがに心が折れそうになり、蹲ったまま立ち上がれなくなってしまった。

(ひどい)

自分の左足に文句を言いたくなる。こんなことなら、最初から全然踊れない方がよかった。期待させておいて、それでやっぱりダメだった、だなんて意地悪にも程がある。リアスが何よりつらかったのは、セイも子供たちも自分を責めることなくただ純粋に心配していることだった。そのおかげで、自分がみんなのお荷物になっている、とかえって罪悪感を覚えてしまっていた。

「足の怪我、そんなにひどかったの?」

ヒルダに声をかけられたとき、リアスの心の中で何かがはじけた気がした。そして、堰を切ったように口から思いがほとばしっていた。ノジオ・Aとのやりきれない別れの後、ひとりで旅を始めてから、誰にも言うまい、と思っていた。過去の傷をさらけだしたところで、喜ぶ人などいない、迷惑になるだけだ。だから、自分一人で抱えたままで生きていこう。そう思っていたから、子供たちにもセイにもベックにも言わずに来たのだ。しかし、もう我慢することはできなかった。因縁を付けられてアークエット一座が襲われたこと、悪党に左足を折られて踊れなくなったこと、心を病んだロザリーを助けようとして結局できなかったこと、全て打ち明けていた。秘密を守れなかった自分を情けない、と思いながらも、何処か気持ちが軽くなるのも感じていた。

(わたしのことを、誰かに知ってもらいたかったのかな)

そんな風にぼんやり思うリアスの右手をセイジア・タリウスの両手が優しく包み込む。彼女も座って、リアスと同じ高さに視線を揃えていたが、その目から涙が流れているのにリアスは驚く。そして、

「ありがとう」

とセイが言ったのにもう一度驚く。

「どうしてそんなことを言うの?」

リアスが思わず微笑むと、「いや」と言いながら女騎士も微笑んで、

「そんなつらい思いをしたのに、よく頑張って生きてくれたと、そして、わたしの友達になってくれてありがとう、って心の底から思ったんだ」

そう言うと涙に濡れたおかげでいつもより輝いている青い瞳で見つめてきて、

「変かな?」

と言った。

「ううん。変じゃないわ。わたしの方こそありがとう」

リアスは笑って答える。そして、

「みんなもありがとう」

自分を抱きしめている5人の少女にも感謝を伝える。彼女たちのぬくもりが心まで沁み通るような気がしていた。過去を打ち明けたのは間違いじゃない、と思いたかった。

「なあ、リアス」

「なあに?」

セイは涙をジャージの袖で拭うと、

「わたしの勝手な頼みになってしまうんだが、それでもリアスには踊ってほしいんだ。一緒に踊っていてもわかるんだ。きみの踊りは特別だ、とても素晴らしい」

すると、

「そうだよ、リアス、踊ってよ」

「踊って」

「踊って」

子供たちも口々に頼んでくる。そんなことを言われても、と困惑するリアスの脳裏にひとつの思い出が甦る。ある月夜にノジオ・Aに告げられた言葉だ。

「おまえの歌を聴きたいと言われたら、そのときは遠慮せずに歌ってやれ」

そう言われたのだ。そのときは意味がわからず、気まぐれな男の悪ふざけだとばかり思って、真剣に受け取らなかった。だが、それは違う、と今になって気づいていた。自分一人のためだけに生きるのではなく、誰かのために生きろ、そう言ってくれていたのではないか。

(自分ができなかったことを人に言わないでよ)

拳銃を教えてくれた男に文句を言いたくなる。だが、それ以上に自分を思いやってくれていたことが嬉しかった。そして、心優しいろくでなしの教えを弟子として守りたい、と思っていた。自分のためでなく、セイや少女のために踊りたい、と心から思っていた。

「踊りたいのはやまやまなんだけど」

わざと冗談めかしてリアスはつぶやく。

「みんなも見てたでしょ? わたし、どうしても転んじゃうのよ」

「そのことなんだが」

セイは真剣な面持ちになっていた。

「リアスもわかっていると思うが、リアスが倒れるのは決まって同じポイントだ」

ええ、と元踊り子の少女は頷く。確かにそれは彼女自身が一番わかっていることだった。曲が一番盛り上がる場面、ターンを決めなくてはならないところで、どうしても左足の踏ん張りがきかなくなってしまうのだ。

「だから、試しにあそこだけ抜いて、踊ってみたらどうか、と思うんだが」

女騎士の提案にリアスと少女たちは顔を見合わせるが、

「物は試しだ」

ダメ押しのようにセイが言うと、一応やってみることにした。どんな意味があるかはわからないが、現状を変えることができるのであれば、何でもやってみるつもりだった。そして、5分後。

「できた」

セラが感激のあまり声を上げた。6人で初めて最後まで踊り通すことができたのだ。とは言うものの、

「でも、これ、何の意味があるの?」

シーリンが首を捻る。

「いや、つまり、あの場面を抜きにすれば、リアスも転ばないってことじゃん、だから」

「だからって、あそこを飛ばせるわけがないだろ?」

セラにイクが突っ込みを入れるのに、リアスも心の中で同意する。彼女が転んでしまう場面は一番の見せ場なのだ。省略して済ませられるはずなどなかった。しかし、その場面をやると、リアスは転んでしまうわけで、どうしようもない袋小路に迷い込んでしまった気持ちになったが、

「意味ならあるぞ」

セイジア・タリウスの表情は明るくなっていた。

「さっき、シーリンが『何の意味があるのか』と言っていたが、少なくともわたしには大いに意味があった、というより、みんなにとって意味があった、と言うべきだな」

「でも、何の解決にもなってないんじゃない?」

そう言ったシーリンをセイは興味深そうに見てから、

「きみたちとわたしとでは考え方が違うんだろうな」

とつぶやいた。

「きみたちは芸術家だ。おのれの芸を磨き、あくまで完璧を目指そうとする。一方、わたしは戦争屋だ。戦場では完璧なんて望めないから、その場でできる限りのことをやろうとする。ぶっちゃけて言えば、欠陥があったら突貫工事でごまかしてしまえばいい、という考え方なのだが」

いったん言葉を切ってから、

「だから、わたしとしては、あの場面でリアスが転ばないようにすればいい、と思ったんだ。そして」

にっこり笑って、

「その方法を思いついた」

えーっ! と子供たちが叫んだ。

「本当なの、セイ?」

リアスの声も大きくなっていた。

「ああ、もちろんだとも」

「それなら、わたしはどうしたらいいの?」

雌豹のような少女の問いかけに、

「きみは何もしなくていい」

金髪の騎士はいたずらっぽく笑った。

「え?」

「きみは何もしなくてもいいし、その方法も知らない方がいい」

「でも、そんな」

さっぱりわけがわからなかったが、

「きみはただ、わたしを信じてくれればいい」

そう言われてしまうと、何も言い返せなかった。2人の美女は束の間見つめ合う。

「うん、わかった。セイ、あなたを信じることにする」

「ありがとう、リアス」

セイが秘策を思いついたとしても、それに頼ることなくリアスが踊り切るのが一番いい、ということで、その後も練習は続いたが、結局それは成功することなく、「ブランルージュ」当日を迎え、そして今まさに「セインツwithS&R」は舞台の上に立っていたのであった。

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