第58話 グウィドラの破滅・チャド編(その1)
「さあ、ここが会場よ」
リアス・アークエットにそう言われると、5人の少女たちは「おー」と歓声を漏らした。といっても、会場が豪華だから感心したわけではなく、いかにもこじんまりとした建物が目の前にあったので逆に感心してしまったのだ。それもそのはずで、これからアステラ王国の首都チキの一角にある公民館でライブをする予定になっていたのだ。
「わたしたち以外のアーティストもパフォーマンスをするようだけど」
そこで言葉を切ったのは、リアスも詳しいことは聞かされていなかったからだ。昨日、ある小劇場で少女たちのライブを見守っていると、
「イベントに出演を予定していたミュージシャンが出られなくなって困っている」
とプロモーターに頼み込まれて急遽出ることにしたのだ。そのプロモーターは「ブランルージュ」予選会を観ていて、5人の踊りに感動したらしく、劇場やライブハウスの出演に便宜を図ってもらっていたうえに、何より本大会に向けて少しでも経験を積ませたいところだったので、いきなりの話でも断る理由はなく、こうして昼下がりにリアスと子供たちは会場へとたどりついた、というわけだった。
「ユリさん、これもしっかり記事にしてくれよな」
「はい。もちろんです」
セラの呼びかけにユリ・エドガーは力強く頷いた。今日は少女たちに一日密着取材をしていたのだ。午前中は「くまさん亭」でリアスと5人から身の上話を聞いて、スラムに暮らす子供たちの苦しい生活ぶりに危うく涙を流しそうになりながらも、そこは記者としての根性でどうにか踏みとどまっていた。
(わたしが伝えることで、みんなのためになるのなら)
ユリは黒縁眼鏡を光らせて、これから行われるライブの模様もしっかり記事にしようと心に誓っていた。ちなみに、この前日にはセイジア・タリウスの密着取材をしていて、その劇場でのパフォーマンスに感激するあまり、舞台裏に戻ってきた彼女に思わず抱きついてしまったところ、
「密着取材ってそういう意味じゃないだろう」
と、やんわり苦言を呈されていた。抱きしめた女騎士からはとてもいい匂いがしたので、ユリは反省はしたものの、後悔は全くしていなかった。
「えーと、この先の小ホールでやるみたいね」
館内の掲示板で確認してからリアスと少女たちとユリは会場へと足を向ける。
「ここかあ」
扉の前に立ったシーリンがのんびりした声でつぶやいてから、中をのぞきこんで、
「え?」
と悲鳴に近い声を上げた。
「なにビックリしてるんだよ」
と言いながら、続けてのぞきこんだイクも
「え?」
とやはり同じような声を上げる。
「なあに? もしかしてお客さんがいなかったりした?」
首を伸ばしてのぞきこんだリアスも、
「え?」
と小さく叫んでしまう。どういうことなのか、と持ち前の野次馬根性を発揮したユリは中を見てみて、
(ああ、そういうことか)
と納得した。客がいなかったわけではない。普段はオープンスペースとして活用されているらしいフロアには木製の椅子が並べられ、8割がたの席が既に埋まっていた。しかし、そこに座っていたほとんどが老人だ、というのが問題だった。ここまで偏った客層を相手に少女たちは踊ったことがなく、お年寄りが子供たちの歌と踊りを見て喜んでくれるかも想像がつかなかったのだ。
(これはなかなか難しいわね)
美少女コーチも頭を悩ませてしまう。とはいえ、どうやって対応したらいいのか、具体的な作戦も思い浮かばずに困っていると、
「あら、みんな揃ってどうしたの?」
廊下の向こうからやってきたのはリブ・テンヴィーだった。
「あ、リブさん。いえ、今からこの子たちが踊ることになってるんですけど」
「ああ、そういうことか。今日のゲストは2組いる、って聞いてたけど、あなたたちがそうなのね」
リアスの答えに納得したかのように女占い師は深く頷く。
「リブさんこそどうしてこちらに?」
ユリに訊かれると、
「お達者クラブのつどいに、わたしは毎回参加させてもらってるのよ。毎月一度、おじいちゃんとおばあちゃんの相談に乗ることになっててね。なかなかやりがいのある仕事よ」
お達者クラブ、つまり老人会か、とリアスも状況を把握していた。妙なイベントにブッキングされたものだ、とも思っていたが。
「でも、今日のリブさん、いつもと違いますね」
ユリの疑問は至極もっともなものだった。いつもは露出度の高い服に身を包んでいる(実際は包めるほどの生地もない服なのだが)彼女が、今日は珍しくスーツを着ていたのだ。
「ああ、これはね。最初にこのつどいに参加させたもらったときに、お気に入りの赤いドレスを着ていったら、おじいちゃんが鼻血を出して倒れちゃってね。『ご老人の命に関わるから肌を隠してくれ』って頼まれて、それからは大人しめの格好をすることにしてるのよ」
ごもっともです、としかユリには思えなかった。リブのセックスアピールはまさしく殺人的なものなのだ。老人には刺激が強すぎて、そのまま昇天しても何の不思議もない。
(っていうか、今の格好もやばいんだけど)
リアスが顔を赤らめてどぎまぎしていたのは、露出を抑えているにもかかわらず、女占い師の魅力がさらに増しているように見えたからだ。膝上の丈のタイトスカートから伸びる長い脚は黒いストッキングに包まれているおかげでよりなまめかしく見え、黒のジャケットの下の白いブラウスの胸のあたりははちきれそうになっていて、ボタンが飛びはしないか心配になってしまう。現に初めて占い師のおねえさんと会った5人の少女たちの視線は砲弾のような形の大きく張りのあるバストにずっと釘付けになったままだ。フォーマルな装いがかえって性的魅力を爆発させる、という皮肉な現象が今まさに起こっていたのだ。
(結局、何をどうやったところで、リブさんはセクシーなんですね)
あまりのことにユリが呆れていると、
「はい、おねえさんに質問があります!」
シュナが挙手しながら大きな声を上げていた。
「どうしました? 小さなかわいいお嬢さん?」
リブが微笑みながら訊き返すと、
「どうしたら、そんなすごいおっぱいになれますか?」
「こら、シュナ!」
リアスが慌てて叱りつけるが、少女にセクハラされても妖艶な占い師はまるで動じた様子もなく、
「そうねえ。毎日真面目にがんばることが一番大事ね。わがままを言わないで、みんなのことを考えて動くの。それから、リアスさんの言うことをちゃんと聞いていれば、なれるかもしれないわね」
そして、心までとろかしてしまいそうな笑みを少女たちに向けて、
「大晦日はわたしも応援に行くからがんばってね。おねえさんとの約束よ。いいわね?」
「はい!」
気を付けの姿勢を取った5人の返事は廊下の端から端へと響き渡った。
(あの子たち、わたしにもあんないい返事はしないのに)
リアスは複雑な思いに駆られ、
(ないすばでーは教育にもいいみたいですね)
ユリは当たっているのかよくわからないことを考えてしまう。
「じゃあ、リアス、わたしたち着替えてくるから」
ヒルダがそう言って、5人は用意された別室へと向かおうとする。
「あ、ちょっと待って」
コーチが教え子を止めようとしたのは、アドヴァイスをすべきだ、と考えたからだ。老人を相手にいつも通りやってもいいのか、と思ったからだが、
「大丈夫。ちゃんとわかってるから」
ヒルダは笑って言うと、みんなはそのまま走り去ってしまった。困惑するリアスに、
「事情はよくわからないけど」
んー、と赤いルージュを引いた唇に指をあててから、
「あの子たちには何か考えがあるみたい、というのは伝わって来たわ」
リブ・テンヴィーが眼鏡の奥の瞳を光らせる。
「考え、ですか?」
「そうよ。子供だっていろいろと考えるものよ。大人の言う通りばかりにしていたら伸びないしね」
リアスに向かって女占い師は笑いかける。
「面白そうじゃない。あの子たちにまかせてみたら?」
そして、
「信じて見守るのも、コーチの大事な役目よ」
と優しく告げた。だから、リアスもそうすることにした。
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