第53話 少女たち、がんばる(後編)

「セラ、おまえやる気あるのかよ」

ショートカットの少女に向かって怒っているのはイクだ。

「あるに決まってるじゃん」

「どう見てもないからそう言ってるんだよ」

唇を尖らせたセラに向かって、5人の中で一番年長のボブカットの少女が言い募る。

「まあまあ、イクもそんなに言わないであげて」

ヒルダが一応とりなしてから、

「でも、わたしから見ても、最近のセラは変だよ」

「変じゃねえし」

ふてくされた態度のセラに、

「おまえがおかしいとこっちまで迷惑するんだよ。わたしらは5人でひとつなんだから、ひとりがおかしくなるとズタボロになっちゃう」

シーリンが言い放つ。

「ねえ、セラ」

ヒルダが青い瞳を潤ませてセラの顔をのぞき込む。

「悩みがあるなら言ってちょうだい。わたしたちに助けられるかわからないけど、できる限りのことはするし、リアスやセイだってきっと助けてくれるから」

「そんなんじゃない」

叫ぶように言うと、セラは壁際まで走って立ち止まってから、ごん、と自分から頭を灰色の壁に打ち付けた。

「おい、馬鹿、やめろ」

イクの怒鳴り声には、憤りよりも心配する気持ちが強く出ていた。彼女も仲間を思いやっているに決まっていた。

「セラ、だめだよ、そういうことをしたら」

シュナが駆け寄ると、壁に頭をもたれさせたまま、セラが涙をこぼしていた。

「セラ、ねえ、本当にどうしちゃったの?」

シュナが心配の声を上げて、他の3人が近づこうとすると、

「悪いのはわたしなんだ」

ショートカットの少女が叫んだ。

「みんなは悪くない。わたしが悪いんだ。それに、リアスでもセイでもどうしようもできないことなんだ」

セラ以外の4人は顔を見合わせる。

「何を言ってるかさっぱりわからないから、もうちょっとちゃんと説明してくれない?」

シーリンがそう言うと、ヒルダもシュナもイクも頷く。しばしの沈黙の後に、セラが口を開いた。

「この前、予選が終わった日の夜にみんなで話をしたじゃん」

「ああ、したな」

イクがつぶやく。

「その時さあ、ヒルダが『自分だけじゃなくてみんなのために踊りたい』って言ったじゃん」

「うん。言ったよ」

薄い金髪の娘が認める。

「それを聞いて、すごく情けなくなっちゃってさあ。わたし、自分のことしか考えてなかった、って気づいちゃったんだ」

「その『自分のこと』っていうのは、一体なんなわけ?」

シーリンが眉をひそめたのは、まだ話が見えてこないためだった。

「そもそも、最初に『ブランルージュ』に出たい、って言い出したのはわたしだったじゃん」

そういえばそうだった、と他の4人は思い出す。「ブランルージュ」への出場は、とうの昔にみんなで共通した目標になっていたので、誰が言い出したか、というのは些末な問題だと思っていたのだ。

「どうしてそれを言い出したか、って言うと」

しばらく黙ってから、

「親に会いたい、って思ったからなんだ」

涙声でセラがつぶやいた。

「親、って。でも、セラ、おまえの親は」

イクがとまどったのは、セラが孤児院出身だと知っていたからだ。生まれてすぐに捨てられて、誰が親なのかも知らずに生きてきたのだ。

「うん。どんな人かもわからない。どうしてわたしを捨てたかもわからない。今どうしてるかもわからない。でも、もしかしたら、今でもわたしを探してるかもしれない」

短髪の少女のほとばしる思いに、仲間たちは何も言えなくなってしまう。

「だから、わたしの方から探したい、って思った。まだ子供だし、お金もないから、無理だって思ってたけど、それでも有名になれば、向こうがわたしに気づいてくれるかも知れないし、わたしの話を聞いて、誰かが行方を教えてくれるかもしれない。だから、『ブランルージュ』に出よう、出たい、って思ったんだ」

セラの目から、ぼたぼたと涙がこぼれ落ちる。

「でもさあ、ヒルダの話を聞いたら、それって、わたしのわがままじゃん、って思っちゃって。そうしたら、何もかもよくわかんなくなっちゃって」

そのとき、イクが勢いよく前へと動き出したかと思うと、セラのシャツの襟首を両手で強く握りしめ、そのままショートカットの少女の身体を壁へと押しつけた。「乱暴しないで」とヒルダが止めようとしたが、

「わたしらを見くびるんじゃねえよ、セラ」

5人の中で一番背の高い少女が地を這うほどの低い声でつぶやく。

「おまえ、まさか、自分だけ親を探して申し訳ない、とか思ったのか? 自分だけ幸せになったらわたしらに悪い、とか思ったんだろ? ええっ?」

セラが顔を背けたのは、まさにそう思っていたからだ。彼女以外の4人は親と死別していたのだ。

「そんなわけないだろうが」

「え?」

「わたしらがそんな風に思うわけないだろうが。おまえが親と会えたらわたしだって嬉しいに決まってる。おまえが幸せになったらわたしだって喜ぶに決まってる」

イクの目から熱い涙が噴きこぼれているのを、セラは言葉もなく見つめる。

「あんまりわたしらを見損なうんじゃねえよ、セラ」

頼むから、とかすれた声で言うとイクはセラに抱きついた。気がつくとシーリンとヒルダとシュナも身体を寄せてきていた。

「イクの言う通りだよ。わたしもセラに幸せになってほしい」

シーリンの切れ長の目が光り、

「会えたらいいね。お父さんとお母さんに」

ヒルダが微笑むと、セラは声を上げて泣き崩れた。

(馬鹿だ。わたし、本当に馬鹿だ)

よくわかっていたはずのことを忘れていたのに気づいていた。自分はひとりではないのだ。さっきシーリンが言ったように、5人で「ひとつ」になって今までやってきたのに、どうして忘れていたのだろう。わたしの幸せはみんなの幸せで、みんなの幸せはわたしの幸せなのだ。

「ごめん、みんな。わたし、馬鹿だった」

「ああ、そうだ」

「うん、そうだね」

「やっと気づいたか」

「セラって本当にお馬鹿さんだよね」

「おい! 誰か一人くらい否定してよ!」

セラが突っ込みを入れると、シーリンもヒルダもイクもシュナもみんなして目に涙を浮かべながら笑った。こうやって喧嘩してはそのたびに仲良くなっていくのが彼女たちのありようだった。

「じゃあ、お願いするね。わたしの親を探す手伝いをみんなにしてほしいんだ」

そう言ってショートカットの少女が頭を下げると、みんなは当然頷いた。

(見つけるのは難しいかも知れないけど、見つからないかも知れないけど、それでもいいや。わたしにはみんながいてくれるから)

そう思ったセラの口から自然と感謝の言葉が出ていた。

「ありがとう、みんな。その代わり、わたしもみんなのためにがんばるよ。とりあえず、シーリンとイクのためにがんばってみたいと思う」

「え?」

「どういうことだ?」

名指しされた2人が首をかしげていると、

「いや、2人ともカリーを本気で好きみたいだから応援しようかと思って」

ぶはっ、とシーリンとイクは思い切りのけぞってしまう。

「セラ、あんた一体何を言ってるのよ?」

真っ赤になったシーリンがセラの首を締め上げる。

「ぐええええ、シーリン、ギブギブ。死んじゃう死んじゃう」

「そうだぞ。おまえらだって、みんなカリーのこと好きだろ?」

やはり顔を赤くしたイクが懸命に反論するが、

「うん、わたしも『かっこいい』と思うし、ヒルダもシュナもそれはそうだと思うけど、なんというか、おまえら2人ってガチって感じがしてさ。ガチすぎて、正直ちょっと引く」

息苦しさから解放されたセラが、げほげほ咳き込みながらも冷静に指摘を入れ、

「ああ、確かにそれはあるかも。年齢差いくつあると思ってるの? って思っちゃうけど、でも、人を好きになるのはいいことだと思うよ、うん」

いつも大人しいヒルダにまで毒を吐かれて2人がたじたじになっていると、

「こないだ、おねえちゃん、オニギリを握りながら『カリー』って言ってにやにや笑ってた」

「シュナ、おまえ!」

妹に爆弾を落とされてイクはノックアウトされてしまう。

「まあ、でも、わたしもおまえたちに幸せになってほしいから応援するぞ」

「うん。わたしも応援するね」

「おねえちゃんもシーリンもファイト!」

セラとヒルダとシュナに応援されて、

「ちっともうれしくないよ!」

シーリンとイクが揃って叫び声を上げると、夜更けの工場跡には楽しげな笑い声が響き渡った。


セイジア・タリウスは目を閉じて胸の中に生じた溶岩のごとき灼熱を感じていた。物陰から聞いていた少女たちの思いに心打たれていたのだ。

(家庭には恵まれなかった子供たちが友人には恵まれた、ということか。世の中は不思議なものだ)

その隣ではリアス・アークエットが星のない夜空を睨みつけていた。泣くのを我慢しているのがあからさますぎて、セイは噴き出しそうになる。

「別に泣いても構わないぞ。わたしでも感動したんだから、コーチであるきみが泣くのは当たり前だ」

ふん、と鼻を鳴らしてからリアスは視線を下に戻した。

「次に泣く時を決めているから、今日は泣かないわ」

そう言った声も震えている。

「いつ泣くつもりなんだ?」

「大晦日に、あの子たちが成功したら泣くつもり。悲しくて悔しくて泣くのはもうたくさんだけど、嬉しくて泣くのは別にいいかな、って思って」

「それはいいな。わたしは泣いているリアスも好きだから、しっかり拝ませてもらうことにしよう」

馬鹿じゃないの、と言いながらリアスは元来た方向へと歩き出す。

「あの子たちを家に帰さないのか?」

「もう帰るわよ。あの雰囲気で練習はしないでしょ」

正直に言えば、子供達の顔を今見ると泣くに決まっていたからだが、わざわざ説明するつもりもなかった。

「なあ、リアス」

「なあに?」

「わたしはあの子たちと出会えて本当によかったと思ってるよ」

いつになく真剣そのものの騎士の声を耳にして、ふっ、と夜にしか咲かない花がほころぶようにリアスは笑う。

「あなたとわたしはまるで違う人間だけど、その点だけは同意するわ」

「いや、それほど違わないと思うが」

「全然違います」

漫才のようなやりとりを続けながらセイとリアスは深夜の裏通りを歩いて行く。2人とも来たる「ブランルージュ」で5人の少女が成功することを願っていたが、さらなる波乱が目の前に用意されているとは、最強の女騎士も神ではない以上、予測するのは不可能である、と言わざるを得なかった。




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