第38話 激戦! 予選会(その2)

「よう。どこをほっつき歩いてたんだ?」

セイが控室に戻ると、キャプテン・ハロルドが少女たちと談笑しているのが目に入った。

「ハロルド、来てくれたのか?」

「まあな。弟子の記念すべき初舞台だ。師匠としては立ち会わなきゃいけないだろ?」

黒い肌のダンサーはコーチとしても優秀で、セイの指導を熱心にしてくれていた。最初の頃の険悪さが嘘のようだ、と女騎士は不思議に思っていた。

「ありがとう。こうなったら恥ずかしいところは見せられないな」

「頼むぜ。あんたの恥はおれの恥にもなるんだからよ」

2人は陽気に笑い合う。

「セイ、もうそろそろ時間だよ」

シーリンにそう言われた。参加者は番号順に呼ばれるのだが、5人の少女たちは73番で、セイは75番だった。

(おや)

女騎士はそこで、少女たちの変化に気づいた。さっきまで緊張してびくびくしていたのが、今ではすっかり元気になっているではないか。一体どういうことなのだろう。

「ハロルド、あの子たちを励ましてくれたのか?」

「いや? 特に何もやっちゃいない。おれが来たときにはもうあんな感じだった」

「あなたのおかげよ、セイ」

リアスがくすくす笑いながら近づいてきた。

「わたしの?」

「そうよ。あなたがみんなに元気をくれたんだから」

セイが緊張しているのだから、自分たちが緊張するのも当たり前だ、と思えたのが少女たちをいくらかリラックスさせたわけだが、

(どういうことだ?)

女騎士もその理由がわからずに困惑する。彼女が自分から何かをしたわけでもないので、気づかなくて当然なのだが、

「一緒に頑張ろうね」

シュナが手を握ってきたので、

「ああ。そうだな」

力強く頷く。理由はどうあれ、自信を取り戻した小さな戦士たちと共に戦えるのを女騎士は誇りに思っていた。舞台はこれから彼女たちにとって戦場になるはずだった。

「71番から75番までどうぞ」

控室のドアが開いて、係員が呼び出しをかける。

「いよいよだな」

「ええ、いよいよね」

セイのつぶやきにリアスが応えた。黒いドレスの少女は出場する教え子よりも緊張した表情をしている。自分が代わりに出られたらどれほど楽か、とまで思っていた。

「よっしゃ。おまえら、気合入れてけよ!」

キャプテン・ハロルドに発破をかけられたセイと少女たちは、

「おう!」

大きな声を上げた。


「あら、お弁当持ってきたの?」

隣に座ったユリ・エドガーがバスケットから取り出したサンドウィッチをぱくついているのをチェ・リベラが見つける。

「長丁場だって聞いてたものですから」

てへへ、と笑う少女記者の手持ちのバスケットの中には水筒も入っていて、いかにも用意周到だった。

「でも、部長、予選から見に来るなんて熱心ですね」

新聞社の文化部長が会場までわざわざ来ているのはわが「デイリーアステラ」だけだ、と思いながらユリがそう言うと、

「わたしみたいなすれっからしになると、本大会よりも予選の方が楽しみになっちゃうのよ。まだ目覚めていない才能の原石が見つかるかも知れない、と思うといてもたってもいられなくってね」

つまり、職業上の理由でなく個人的な嗜好で来ているわけなのか、と思いながらも眼鏡の娘はそれを別に問題だとは思わなかった。何事であれ、好きなものにかける情熱は尊い、と彼女は感じていたのだ。とはいえ、上司が今日身に着けているラメ入りの橙色のスーツはいかがなものか、とは思っていた。参加者よりも観客の方が目立ってどうするのか。

「それで、どうです? 原石は見つかりました?」

「今のところは微妙かしらねえ」

永久脱毛したおかげで無精髭が全く見当たらない顎を撫でながらリベラは首を捻る。

「でも、これから逸材が来そうな気がするわ。わたしの勘はよく当たるのよ」

だといいですね、とサンドウィッチを口にしながらユリは適当に相槌を打つ。客席はほどほどに埋まっていた。少女の上司と同じ芸能ファンらしき客もいれば、参加者の応援に駆けつけた関係者や、出番を終えた参加者の姿もあった。久々に復活したビッグイベントを楽しもうとする人々の楽しげな雰囲気が漂っていて、年末にしてはのどかな光景、と言えた。

(そういえば、最近セイジアさんと会ってないや。今頃どうしてるんだろ?)

水筒のお茶を口にしながら、憧れの女騎士のことがふと思い浮かんだが、まさかこの後すぐ、舞台上に彼女が登場するとは、神ならぬユリ・エドガーには思いも寄らないことであった。


「いよいよだな」

「ああ」

セラとシーリンが頷き合う。舞台袖まで来た5人の少女たちは気合が高まっているのを感じた。緊張が解けたわけではないが、それすらもいい方向で作用しているのを感じていた。これならいつも通りに歌って踊れそうだ。

「あれ? セイは?」

シュナがきょろきょろとあたりを見渡す。

「セイなら衣装に着替えに行ったよ。さすがにあのままだとまずいもん」

「ああ」

ヒルダの答えに他の4人も納得する。女騎士はいつものスタジャン、野球帽、伊達眼鏡という格好だったのだ。イクによって「ダサダサ3点セット」と命名されたファッションでは、舞台に登場するなり失格にされてしまいそうだ。

「この日のために服を用意したって聞いたけど」

「ふーん」

子供たちがガチガチになっていないのを見て、少し離れた場所にいたリアスとキャプテン・ハロルドも安心していた。

「これなら大丈夫そうだな」

「ええ」

これまで時間をかけてしっかり練習してきたのだ。その成果を出すことができれば何の問題もない、とコーチとして奮闘してきた少女は信じていた。だが、ショーにはトラブルがつきもの、というのをかつて踊り子だった彼女は忘れてしまっていた。そして、ここから予想外の事態が起こり始める。

「あと4組でうちらの番だ」

首を伸ばして舞台上の様子を確認しようとしたセラの肩に後ろから誰かがぶつかってきた。

「いたっ」

いきなりなんなんだ、と文句を言おうとしたショートカットの娘の目に飛び込んできたのは美しい少女の姿だった。しっかりセットされた銀色に輝くロールした髪の毛、やや背丈の高い肢体を包んだ薄紫のドレス、そして妖しく輝く紅い瞳。容姿だけを見ればリアス・アークエットに匹敵する美形だが、この少女は美しさよりも妖しさの方が勝っていた。だから、セラは感銘を受けるよりもむしろ戦慄を覚えてしまう。

「どいてちょうだい」

責めるようなセラの視線をまともに受けても妖しい銀髪の少女は薄く微笑んだだけでまるで意に介さず、列を作って待つ参加者たちを押しのけて舞台へと向かっていく。

「なんだ、あいつ。割り込みやがって」

イクが文句を言うが、

「というよりは、飛び入りね」

リアスはあの少女がただものではない、と見抜いていた。そして、不吉な予感が胸に湧き起がるのを止められないでいた。

「お願いしまーす」

とうとう舞台の中央までやってきた少女は、悪びれる様子もなく最前列に座った審査員たちに挨拶をした。マズカ帝国からやってきた歌姫アゲハの乱入によって、「ブランルージュ」予選会はここから波乱に満ちた展開へとなっていくのであった。

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