第5話 女騎士さん、BARに行く(後編)

ぱたぱた、と5人の少女たちがステージへと上がってきた。この前セイが助けた(捕まえた)娘たちだ。お揃いの黄色を基調としたワンピースを着ていて、化粧をしているようにも見える。舞台の上で横一列に並んだ彼女たちに拍手と口笛が鳴った。さっきまで弾き語りをしていた男と、少女たちに遅れて舞台に上がった黒いTシャツを着た太めの男がドラムの前に陣取って、それぞれバックで演奏を始めると、5人はゆるやかに動き出した。その動きは、音楽の高まりとともに激しさを増していく。飛ぶ。跳ねる。回る。どの動きも重力から解き放たれたかのような軽やかなものだ。男子顔負けの速さでありながら、そのダンスから可愛らしさも失われてはいない。飛び散る汗が頭上のライトに照らされてきらきら輝き、まだ十代にもかかわらず色香すら感じられる微笑みを向けられた観客の男たちは、反応するのも忘れて呆けたような表情を浮かべるだけだった。

(うまくなったもんだ)

カウンターの中でベックはひそかに感心する。彼女たち5人がステージに上がるようになって、もう3カ月にはなるだろうか。最初のうちは学芸会の演し物、子供のお遊戯レベルでしかなかったものが、今では十二分に金を取れるだけのクオリティに達していた。

「まだまだだめね」

だが、5人を鍛え上げた当の本人は全くもって満足してはいなかった。

「セラは自己中すぎて周りが見えてない。シーリンは逆に周りに気を遣いすぎて腕も脚も縮こまってる。ヒルダは途中のミスから崩れちゃった。光るものはあるけど、あの子、いかんせんメンタルが弱いのよね。イクは雑すぎ。シュナはやっぱり体力不足。まあ、こればっかりは今すぐどうにかなるものじゃないんだけど」

リアス・アークエットが立ち上がって舞台上を注視していた。この黒い服を身にまとった少女が短期間で5人を急成長させたのだ。手厳しい批評に年老いたバーテンダーは苦笑いを浮かべるが、その厳しさこそが皆の才能を開花させたのも理解していたので、特に異議を差し挟まなかった。

(終わったらまた特訓しなきゃ)

見た目は可愛い鬼教官は溜息をつくと、カウンター席にふと目をやって、思わずぎょっとしてしまう。さっきから鬱陶しくからんできたセイジア・タリウスが涙を流していたからだ。伊達眼鏡の奥で青い瞳が潤んで、さらに輝きを増している。

「何泣いてるのよ」

思わず突っ込むと、女騎士は、ははは、と小さく笑って、

「いや、わたしにもよくわからないのだが、あの子たちのダンスを見ていると胸が一杯になってしまってな。なんというか、あの5人が精一杯に生きているのが伝わってきたんだ。生命力を直接ぶつけられたみたいな感じだな。うまく言葉に出来ている自信はないが」

セイの紡いだ言葉を聞いても、

(変なやつ)

とリアスは冷ややかに思っただけだった。ダンスを見て泣く人間など今までに見たことがない。ただ、気持ちがいくらか軟化したのも確かだった。うざったくて面倒なやつだが、悪い人間ではない、となんとなくわかったのだ。

「この前は、あの子たちを助けてくれたそうね」

黒服の少女の言葉がわずかに柔らかくなっていたのに、セイは微笑む。

「まあ、たまたま行き会っただけなんだが、見過ごすわけにもいかなかったからな」

そこで気づく。どうして万引きなどしようとしたのか、あの少女達に聞きそびれていた。目の前にいるリアスなら何か知っているかもしれない、と思って、訊ねようとしたが、

「この前も言ったはずよ。あの子たちに関わらないで、って」

先回りされてしまった。前髪を切り揃えた少女は溜息をついて、

「別にあなたが嫌いだから関わって欲しくないわけじゃないの。わたし一人で責任を持ってあの子たちの面倒を見たいだけ。それだけよ」

自分でもあまり正当性のある理屈だと思っていないせいなのか、リアスの口調はどこか言い訳がましい。だが、

「いや、そういうことなら、きみに任せた方がいい。わたしみたいなよく知らない人間がずかずか踏み込むような真似をして悪かった」

セイに笑って主張を受け入れられたおかげで、調子の狂ってしまった少女は「ならいいわ」と知らず知らず顔を背けた。女騎士の笑顔を見ていると何故か後ろめたい気分になってしまうのだ。

「それにしても」

セイが思わず唸った。

「あの子たち、歌も歌うんだな」

踊りながら歌う、あるいは歌いながら踊る、そういうスタイルは初めて見るものだった。踊り手と歌い手はそれぞれ独立したもの、というのが女騎士の理解であったが、

「この国ではそうかもしれないけど、わたしはそうやってきたから」

「なんだ? リアスも歌って踊れるのか?」

じっと自分を見つめてくる青い瞳に「見てみたい」という期待が込められているのを感じたが、少女はそれを無視して舞台上の5人の歌とダンスを観察していた。


僕に天国が降ってくる

すべてのしがらみ 意味なんてもうない

遮る壁 軽く触れれば Knock Down

高まるBeat ふるえるBurning Heart

全部飛んでけ 君のMelty Loveで


そんな歌詞をのびやかに歌い上げていて、客は聞き惚れているが、

「みんな声量が足りてない。ここでは一応通用しても、もっと大きい会場だと端まで届かないわ」

やはり美少女コーチの採点は厳しかった。しかし、そう言った後で、

「でも、まあ、毎日よくなってきているのかな。一緒に頑張っているものね」

と薄く微笑んだのをセイは横目で見ていた。

(なんだ。ちゃんと可愛がってるじゃないか)

思わずにやにやしてしまうが、豹のような鋭い視線を感じたので、あわてて笑いを引っ込めた。そこでちょうど演奏が終わり、5人の少女たちも動きを止めていた。激しく動き回っていただけでなく、歌も歌っていたおかげで、みんな息が荒くなっているのが、多少離れた女騎士にもわかった。拍手と口笛が鳴り響く中、5人は頭を下げて舞台を降りる。

「リアス!」

ショートカットの少女が先頭になって走ってきて、続いて残りの4人も黒いワンピースの少女の周りに集まる。

「ねえ、どうだった? 今日はよくできたと思うんだけど、どうだった?」

顔を桃色に染めた少女たちに囲まれてもリアスは表情を崩さずに、

「全然ダメ」

と言い放ち、それを聞いた5人は、はーっ、と肩を落とす。

「要求が厳しすぎ」

「あれ以上どうしたらいいんだ」

「うう、鬼だ、リアスは鬼だよ」

少女たちのそんな愚痴を一通り聞いてから

「そうよ、わたしは鬼よ。あなたたちを鍛えるためなら、鬼にでも悪魔にでもなるわ」

リアスが目を光らせてそう言うと、5人は何故かどっと笑った。

(意味がわからない)

怖がらせるつもりが逆のリアクションをされてリアスは戸惑ったが、この世界には無い言葉だが「箸が転がってもおかしい年頃」の少女たちには、きれいなお姉さんが一生懸命凄味を利かせようとしているのがおかしく見えたのかもしれない。それに何より、5人の娘たちはリアス・アークエットを信頼していた。多少厳しいことを言われても嫌いになどなれなかったのだ。そんな彼女たちに近くから拍手が浴びせられた。

「とてもよかった。感心したぞ」

野球帽にスタジャン、という格好で気づくのが遅れたが、この前脅してきた女騎士だと分かって、少女たちから笑顔が消え、真冬の雪原に放り出されたかのようにガタガタ震え出した。

「あ、いや、そんなに怖がらないでくれ。本当に素晴らしかったと思ってるんだぞ」

懸命にフォローするセイだったが、5人から恐怖は消え去らない。

「感心したなら、チップをあげてやるといい」

カウンターの向こうからベックがアドヴァイスしてきた。

「チップ?」

「ああ。うちの店でステージに立った人間はお客からチップをもらうことになってる。それが出演料代わりというわけだ」

言われてみると、一番小さなシュナが袋を持っていて、その中に客からのチップが入っているものと思われた。そういうことなら、とセイはジャンパーのポケットから銅貨を取り出すと、5人に1枚ずつ手渡しする。びくびくしていた娘たちも小銭を渡されると、ほんの少しだけ女騎士に対する態度をやわらげて、「ありがとう」とおどおどしながら頭を下げてきた。まさしく現金というべきだろうか。

「さあ、あなたたち。これから反省会をして練習をするから、先に行って準備してなさい」

はーい、と素直に返事をした5人が裏口に向かうのをリアスは立ったまま見送った。

「夜遅くから練習とは大変だな」

「昼間はみんな忙しいのよ。わたしも仕事があるし」

と言ってから、女騎士とまともに会話をしてしまったことに気づいて長身の少女は舌打ちする。

「さあ、あなたも帰ったら? ご立派な騎士がいつまでもこんなところにいるべきじゃないわ」

そう言ってからリアスはセイをきっと睨みつける。

「はっきり言っておくわ。あなたとわたしたちは住んでる世界が違うの。道楽やお遊びのつもりで踏み込んできてほしくない。もう来ないで」

傍で聞いているベックがはらはらするほどに強い語調だったが、セイは表情を全く変えずに、

「きみのご意見は今後の参考にさせて頂こう」

と官僚の答弁みたいなことを言って、出口へと向かった。

「おやじさん、ミルク美味かったぞ。じゃあ、リアス、またな」

大声で別れを告げてから、店を出ていく。ばたん、とやはり大きな音を立てて扉が閉まった。リアスはもといた席に座り、しばらく本の表紙を眺めてから、溜息をついて、

「ねえ、マスター」

と小さく呟いた。

「なんだい?」

「わたし、嫌なやつだったよね。あいつはうざったいけど悪気はない、ってわかってたのに、ひどいことばっかり言って」

表情を曇らせる少女を見て、ベックは少し噴き出してから、

「本当に嫌なやつは、自分が嫌なやつだって思わないものさ」

となだめるように言った。

「それに、あの人はあんたの言ったことを気にしてないと思うよ」

「そうかしら?」

「そうさ」

拭き終えたグラスを棚にしまいながら店長が言う。

「だって、最後に言ってたじゃないか。『またな』って。もう一度ここに来るつもりなんだよ、あの人は」

ベックの言葉に、リアス・アークエットは一瞬呆然としてから最大級に苦い表情となって、禍々しいオーラを全身から立ち上らせはじめた。

「あいつ!」

それだけ言って、ぎりぎりと歯を食いしばる美しい少女をベックは微笑ましく感じていた。

(リアスがあの5人としか付き合いがないのは心配だったからな。この子は頑なだから、多少強引な人の方が友達になれるかもしれん)

実のところ、セイとリアスはお似合いだ、と老バーテンダーの目には映っていたのだが、それを目の前の怒れる娘に告げるのはさすがに憚られたので、黙って新しいグラスを拭くことにした。









 



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