第7話 女騎士さん、バイトを申し込む
「そちらがバイトを希望されている方ですか?」
店長と名乗るいかにも真面目そうな髪の薄い男性に訊かれて、
「ああ、そうだ」
とセイジア・タリウスは胸を張った。リブの家から少し離れた、首都チキの繁華街にある
「うちには未経験の方も多く来られます」
店長はセイを安心させるように言ったが、説明を聞いていると、とにかくやることが多かった。接客対応、会計、商品の補充、清掃など、簡単にはいかなさそうだ。
(だが、それがいい)
セイはかえってやる気が出てくるのを感じた。困難な状況にこそ女騎士は闘志を燃やすのだ。
「ただですね、時間帯によってはワンオペをしてもらわなければならないこともあります」
「そのワンオペ、というのはなんだ?」
「つまり、1人で全ての仕事をやってもらう、ということですね。日中は大丈夫なのですが、深夜は人手が足りなくなることもありまして」
戦争が長く続いたこともあって、どの業種でも人手不足は慢性的なものとなっていた。
「ああ、それなら大丈夫だ。前の仕事でもよくやっていた」
単騎で敵中に突っ込み、一人で
「よかった。うちの店も最近はなかなかバイトの申し込みがないんです」
店長がほっと胸を撫で下ろすのを見て、
(うまくいきそうだ)
とセイも安堵する。自分も青と白のストライプの制服を着ている姿を早くも想像してしまう。店長と一緒に店内を見て回ってから奥の事務所へと連れてこられた。
「ところで」
実直な男性が言いづらそうにセイに告げる。
「帽子を取っていただけないでしょうか?」
店内に入ってからもセイは帽子を脱いではいなかった。つばが広くて顔も見えないから相手も不安だろう。どのみちこの店で働くとなれば素顔をさらさなければならないのだ。
「ああ、これは失礼した」
黒の帽子を脱いだ金髪の少女を見た店長は一瞬顔面を硬直させた後、
「申し訳ありませんが、お引き取り願えませんか?」
と深々と頭を下げた。
「えっ? いや、どういうことだ? わたしの顔に何か問題でもあったか?」
突然のことにパニックになるセイに、
「だって、あなたはセイジア・タリウスさんでしょう? 国を救った英雄ではありませんか。そのような方にこのような仕事をさせられません」
女騎士には理解できない言い分だった。国は救えるのに店は救えない、というのはどう考えてもおかしかった。
「いや、そんなに気を使わないでくれ。遠慮なくこきつかってくれたらいいんだ」
「無理です無理です。わたしごときがあなた様に何か言うとはおそれ多すぎます」
ガタガタ震える店長の髪はこの数分でさらに薄くなったように見えた。
(わたしがそんなに恐ろしいのか?)
女騎士もこの店長の反応にはさすがに傷つく。なにしろようやく19歳になったばかりの娘なのだ。そして、これ以上意見を押し通すのも不可能だと判断せざるを得ないようだった。金髪の娘には人を怯えさせる趣味はなかった。
「むう。そういうことならやめておくことにしようか。何か無理を言ったようで申し訳なかったな」
「おわかりいただいて助かりました。あ、そうだ」
心の底から安堵したような店長が店の中に駆けていくとすぐに引き返してきた。腕には品物を抱えていた。
「わざわざご足労頂いたお礼に当店自慢のチキンをさしあげたいのですが。それから、1番くじとスイーツもあります」
「いらない!」
セイはへそを曲げて叫んだ。
(まったく。なんてひどい話だ)
憤懣やるかたない、という気分のまま、セイは繁華街を歩いていた。手にはこれだけは断り切れなかったロールケーキが握られている。
(働くだけの能力がない、資格がないから断られるのならまだ納得もできる。しかし、あの断り方はないだろう)
とても納得のいく話ではなかった。店頭に貼られた「バイト募集」の張り紙を見て、自分が条件に合うのを確認してから申し込んだのだ。
(それだったら「英雄お断り」とでも書いていたらよかったんだ)
無茶なことを考えながらセイは歩き続ける。そもそも、彼女は自分が「英雄」などという大それた存在などと考えたことはなかった。自分はどこにでもいる普通の女の子だと信じているのだが、それがトラブルをたびたび引き起こす原因となり、今も店長を究極なまでに困らせていたことまでは考えが及んでいなかった。
(まあいい。最初から上手く行くとは思っていない。また次頑張ればいいんだ)
いつまでも失敗をくよくよ思い悩んでいては戦場では生き残れない。さっと頭を切り替えて顔を上げると、何かの香りが漂ってきた。
(いいにおいだ)
香りがしてきた方に顔を向けると一軒の店が目に入った。食堂だ。「くまさん亭」と看板にはある。既にお昼を過ぎているが、何人かの客が店内にいるのが、店舗が開放的なつくりになっているおかげでよく見えた。近づいてみると、店先に紙がぶら下がっていて、「スタッフ募集」と書かれている。
(ここにしよう)
セイの決心は早かった。何よりその店を一目見るなり気に入っていた。そういった第一印象の重要性を美しい女騎士はよく知っていた。好感を持った場所を陣地にすると幸運に恵まれ、嫌な感じを持った人物はよからぬ出来事をもたらすものだった。ともあれ、アルバイトを申し込もうと、店内に足を踏み入れようとしたその時、ぽつ、と帽子のつばに何かが当たるのを感じた。
(雨か)
小雨がぱらつきだした。洗濯を後回しにしておいてよかった、と思ってから、セイはリブの言葉を思い出した。
「確か、『水に気をつけろ』だったな」
そうひとり呟く。雨も水のうちではある。何かを感じたら、家まで戻って来い、とも言われていた。少女は一瞬だけ逡巡すると、
(戻ろう)
そう決めていた。自分を心配してくれている友人の配慮を無駄にはしたくなかったし、実際のところ、さっきの失敗がこたえてもいた。何も考えないまま申し込んでも同じミスを繰り返すだけかもしれない。それが女騎士を撤退させる理由となっていた。
(勝つための準備がわたしには足りていない)
そのために何が必要なのかもわかっていないのだ。それを知っている人が待つ家へ戻るため、セイは足を速めた。雨脚もだんだんと強くなりだしていた。
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