第5話 女騎士さん、自分の役割を尋ねる
「ほら、これをかぶりな」
アンジェラがセイの頭に黒い帽子をかぶせた。近所の農家からもらってきたらしい。
「なんでまたこんなものを」
「あんたは有名人なんだよ。目立ち過ぎて一緒にいるとこっちまで困る」
そういうことか、と長身の少女は納得する。帽子で金髪を隠せば、かつての騎士団長だと気づく人も減るだろう。セイも目立つのは嫌いなので、その方がよかった。
「気を付けていきなさい」
村の入り口まで院長と仲間たちが見送ってくれた。修道院の再建は既に始まり、村長の配慮で修道女たちの仮の住まいも提供されていた。5か月余りではあったが、思い出深い場所だった、とセイは万感の思いを込めて手を振って別れを告げ、クレアとアンジェラとカタリナとともに村を後にした。
4人での旅路は半日足らずのものでしかなかった。セイは都に行き、他の3人はカタリナの家に行くことにしたのだ。
「主人とお義母さんのことが心配になって」
息子を病気で亡くした悲嘆のあまり修道院に入った彼女に夫は絶えず手紙を送ってくれていたのだという。彼女の嫁ぎ先は裕福な農家で、しばらくならクレアとアンジェラの面倒も見られる、とカタリナは考えていた。
「あたしは行くところがないから飯が食えるなら何処だっていい」
アンジェラはにやにや笑い、
「カタリナさんのおうちで何かお仕事をさせてもらえる、って聞きました」
クレアははにかんだ。
(それはいいな)
小柄な友人の行き先が心配だったセイは安堵する。まさか父親の元に戻すわけにもいかなかった。
「お父さん、たぶんいつかわたしを探しに来ると思うんです。でも、わたし、絶対に負けませんから」
小さな握り拳に力が入った。
「よかったら、そのときはわたしを呼んでくれ。クレアのためならどこからでも駆けつける」
「わあ。ありがとうございます」
クレアの顔がほころぶ。修道院で見かけた暗い顔が嘘のようで、見守る他の3人の胸に「本当によかった」と感慨が浮かぶ。
「でも、セイさんも来てくれればいいのに」
「すまないな、カタリナ。だが、わたしは早く知りたいんだ」
「院長先生の言ってた話か?」
「ああ」
アンジェラの問いにセイは頷く。自分の果たすべき役割が何であるのか、女騎士は一刻も早く知りたかった。都に行けばそれはわかるはずだった。
「あっ、来ました」
クレアが丘の上に馬車が来たのを見つけた。他の3人はそれに乗っていき、セイは歩いて都まで行くのだ。
「じゃあ、お別れだな」
セイがそう言って振り向くと、3人が同時に金髪の少女をぎゅっと抱きしめた。
「おい、どうしたんだ、みんな」
突然の出来事に勇気ある女騎士もとまどう。
「セイさん、本当にありがとう」
「あんた、いいやつだよ。大好きだ」
カタリナはともかく、いつもおどけているアンジェラまで泣いているのでセイは驚いた。
「ねえ、セイジア、って呼んでもいい? ずっとそう呼びたかった」
クレアが涙声でささやかなお願いをしてきた。
「もちろんだ。もっと早くそう言ってくれればよかったのに」
「ありがとう。あのね、わたし、セイジアのおかげで強くなれたんだよ。セイジアはわたしのナイトなんだよ」
セイは思わず天を仰いだ。鼻の奥がつんとしてくるのを感じた。
「なんだよ、セイ。おまえまで泣くなよ」
「あんなに強い人が泣くなんておかしいわ」
アンジェラとカタリナが泣きながら笑う。
「違う。泣いてなんかいない。空が青すぎて目に沁みただけだ」
「セイジアは嘘が下手だね」
クレアはそう言ってセイの体を抱きしめた腕に力を込め、セイも3人を強く抱き寄せた。
3人はやってきた馬車に乗り込み、それが走り去るのを見届けてから、セイは首都に向けて歩き出した。涙がとめどなくあふれ、こらえきれなくなった嗚咽も口から漏れたが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。
(みんな、幸せにな)
ただ、それだけを思い、セイジア・タリウスは日の傾いた街道を南へと向かった。
「まあ、ざっとこんなところだ」
話を終えたセイは腕を組み、ぐすっと鼻を鳴らした。目が潤んでいるのは友人との別れを思い出してしまったからだろう。
「あなたも大変だったのね」
リブ・テンヴィーは立ち上がると、金髪の少女の右肩に手を置いた。
「わたしは大丈夫さ。クレアや院長先生や、他のみんなは心配だけどな」
リブの右手にセイの左手が重ねられた。
「大丈夫だと思うわよ。あなたはみんなの不運も払い落としてきたから、クレアさんにも、もう悪いことは起こらないはずよ」
「わたしが?」
いぶかしげに占い師の顔を見る女騎士。
「そうよ。あなたにはそういう力があるの。気づかなかった?」
「いや、気づくも何も、そんな不思議なことを言われたのは今初めてだから」
そう言ってから、セイは、はっとした表情になる。
「そうだ、うっかりしていた。ここまで来たのは、リブに聞きたいことがあるからなんだ」
「わたしに?」
リブが細い眉をひそめる。
「リブならわかるんじゃないか、って思ったんだ。院長先生が言ってた、わたしが果たすべき役割、っていうのを」
(珍しいこともあるものね)
女占い師はひそかに驚いていた。彼女とセイは友人だったが、女騎士が相談を持ち込むことは稀だった。いつも他愛ないおしゃべりばかりしていて、それを楽しんでいたのだ。そんなセイが訊ねごとをしてくるのは余程気にしているのだろう。
(頼りにしてくれているのはうれしい。でも)
リブは友人に向かって右手を指し出した。
「ん? なんだ、その手は?」
「いくら出せる?」
「は?」
「人の相談に乗るのがわたしの仕事だというのはあなたも知ってるでしょ? 役割というのを聞きたいのなら、それなりの料金をもらわないと」
「友達から金をとるのか?」
驚いたセイの抗議をリブは冷たくはねつける。
「友達だから金をとるのよ。いくら親しくてもなあなあにしてはダメ」
ビジネスライクすぎる言い分だったが、公私の区別をしっかりつける態度に女騎士は感服してしまっていた。
「それはその通りだが、世知辛いものだな」
リブは壁に背をもたれさせて腕を組んだ。
「それにね、その役割のことは自分で考えた方がいいと思うわよ。セイが自分で見つけることに意味がある、って院長先生も言ってたんでしょ?」
確かにそうだった、とセイは頬にあてられた院長の手のぬくもりを思い出す。
「でも、早くわかった方がいいと思うのだが」
「効率だけが全てじゃないわ。時間をかけることにも意味があるの。その役割、というのはあなたの人生にとってとても大事なことのはずよ。それに自分で気づくのと、わたしから教えてもらうのと、どっちがいいと思う? よく考えてみなさい」
セイはその言葉を受け止めてしばらく黙って考えていた。
(わかってくれたみたいね)
もちろんリブは本気でセイから金を取ろうとしたわけではない。少女に考えさせるために要求しただけである。占い師は椅子に座り直すと、杯に酒をまた注いだ。とうとう瓶を1本飲み切ってしまった。
「ああ、そうだな。役割のことは自分で考えることにするよ」
それからまたしばらくの後、女騎士はようやく答えを出した。その顔からは迷いは消えていた。
「その方がいいと思うわ。そう簡単には見つからないと思うけど、あなたならきっとやれるわ」
予想通りの答えを聞いた占い師は微笑み、杯に残った酒を飲み干してから、
「それで、今日はうちに泊まるんでしょ?」
と言った。もともと暗い室内だから気づきにくいが、既に外も暗くなっていた。
「ああ、そうさせてもらうと助かる」
「ついでに、しばらく居させてもらいたい、とか?」
リブにいたずらっぽく微笑まれ、セイは驚いた後で気まずい表情になる。
「やっぱりリブはわかってたのか。いや、いつ言おうかと思っていたのだが、あまり厚かましいことも言いづらくてな。他に行くところも思いつかなくて、わたしにはリブしか頼れる人がいないんだ」
(シーザーくんとアルくんはいよいよ立場がないわね)
そう思いながらも、2人の騎士に勝利を収めた気分は悪くなかった。
「もちろん家の手伝いはするし、贅沢を言うつもりもない。馬小屋で寝させてもらえば十分だ」
「馬鹿ね。うちにそんなのないわよ。馬だって飼ってないんだから」
「じゃあ、物置でもいい」
「あのねえ。お客さんをそんなところで寝させたら、わたしの評判はどうなると思ってるのよ? 一緒に寝ればいいじゃない」
「ベッドも一緒か?」
「それは無理ね。狭くて一人寝るだけで精一杯だもの。別に寝床を作ってあげるからそこで寝なさい」
「ありがとう。でも、リブと一緒に寝てみたかったな」
(子供みたいなことを言うのね)
笑いをかみ殺す女占い師をセイは青い瞳で見つめる。
「前に聞いたが、リブは眠るとき裸になるんだよな」
「変なことを覚えてるのね。でも少し違うわよ。下穿きはちゃんとつけてるから」
「それじゃあ裸と同じだろ。わたしはふだん、一応寝間着をつけて寝ているのだがな。夜中に敵襲があったときに裸だと困るから」
(今のあなたを誰が襲うのよ)
リブが心の中だけで突っ込む。
「でも、リブの寝方も気持ちよさそうだから、せっかく家に泊まるのならわたしも一緒に裸で寝ようと思っていたのだが」
「裸になってわたしと同じベッドで寝るつもりだったの?」
「ああ。そのつもりだった」
だん、と音を立てて杯をテーブルに置く女占い師。
「セイ、あなたって本当に馬鹿じゃないの? 馬鹿なだけじゃなくて変態なんじゃないの?」
「何を怒ってるんだ? わたしが何かおかしなことを言ったか?」
「言ってるじゃない!」
狭い寝床の上で2つの白い裸身が絡み合い、強くつっつけられた胸と胸とが擦れあって、4つのふくらみが柔らかく潰れて形を変えるのを妄想してしまったリブ・テンヴィーが顔を真っ赤にして逆上してまくしたてるのに、そんなことはかけらも想像していなかったセイジア・タリウスがわけもわからないまま「ごめん」「悪かった」と謝罪し続ける喜劇はしばらくの間続いた。
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