最強女騎士のセカンドライフ~花嫁修業して、食堂で働き、舞台で踊って、辺境へ行きます~

ケンジ

序章 女騎士さん、暇を頂戴する

第1話 突然の宣告

 長きにわたる戦乱の世が終わりを告げた。

 この地に久しぶりに訪れた平和を祝うかのように、アステラ王国の王宮に春の日ざしがやわらかく差しこんでいた。

 そして、謁見の間では祝典が行われ、若き国王スコットの面前に宰相を始めとした、王国の主要をなす面々が顔を揃えていた。

「セイジア・タリウス、前へ」

「はっ」

宰相ファンタンゴに名を呼ばれ、セイは王の前に進み出る。弱冠18歳にして王国が誇る天馬騎士団を率いる騎士として国中では誰一人として彼女の名を知らぬ者はなかった。騎士団の団長として尊敬を集める一方で、金色の長い髪を揺らして戦場を駆ける姿が憧憬を集めてもいた。無双の強さと美貌を併せ持つ女騎士、それがセイジア・タリウスだった。そして今、セイは自らが仕える王の前で膝を屈し、臣下の礼をとっていた。祝典ということもあって身にまとった白銀の鎧は室内でも輝きを失っていない。

「タリウス団長、今までのそなたの働きぶりを、余は心からありがたく思っているぞ」

「はっ、まことにもったいなきお言葉! かたじけなく存じます!」

主の言葉に込められた思いやりを感じたあまり、女騎士の答える声はつい大きくなる。広間の空気がビリビリと震え、至近距離で大音声を浴びた王と宰相が鼓膜に痛みを覚えて顔をしかめたことに、セイはまるで気づかなかった。キーン、という音が耳の中から消えるのを待って、スコット王は話を始める。

「……うむ。苦しゅうない。そこで、そなたに褒美を取らせようと思っているのだ」

「いえ、そんな。わたしは陛下と、そしてこの国のために正しいことをやっただけです。褒美など要りません」

セイの言葉は謙遜ではなく、本心から出たものだった。王国のみならず、この大陸に生きる民を苦しめる戦いを早く終わらせ、心安らかに暮らせる世の中を作りたい、と願う王の理念に彼女は心から共鳴し、そのために精一杯戦ってきた。戦いが終結した時点で、もう既に心は満たされていたから、それ以上望むものは本当に何もなかったのだ。

「そう遠慮するでない。余のせめてもの心遣いを受け取って欲しいのだ」

王座に君臨する若者が笑うと、白い歯がきらめいた。それを見て、セイはこれ以上抵抗する気をなくしていた。

「陛下がそこまで仰るのであれば、ありがたく頂戴いたします」

「うむ。それでは申し渡す。セイジア・タリウスよ」

一瞬の間の後、

「そなたを天馬騎士団の団長の職から解き、自由の身とする」

「……は?」

と聞き返さなかったのは、彼女の強靭な精神力の賜物だった。多くの戦場で数え切れぬほどの武勲を挙げ、不利な戦況を覆し、少数でもって多数を倒し、王国に勝利をもたらした、その見返りが騎士団長の解任、とは明らかに理不尽なものだった。不平を漏らさないだけ、18歳の少女としては立派な態度と言えた。とはいえ、涼しい顔で礼を言うことまではできず、セイは黙って顔を伏せながら、なんとか心を落ち着けようとしていた。

「タリウス団長、何か申さぬか」

見るからな怜悧な宰相が返答を促す。それでもセイが答えられぬままでいると、謁見の間にも不穏な雰囲気が次第に漂い出していた。今、国王が申し渡した言葉の意味を図りかねた一同の頭に浮かんだ疑問がそのまま場に漏れ出たかのように思われた。理不尽だと感じているのはセイだけではないようだった。

「そなたの働きぶりをありがたく思っているのは先程申した通りだが」

そんな空気を読んだのか、国王が話を切り出す。

「それと同時に、余はそなたを痛ましく思っていたのだ。若い乙女でありながら苛酷な戦場で血と埃にまみれて戦うそなたを思うと、余の胸は痛むのだ」

スコット王の目が光ったのは、臣下を思いやる心のあらわれだと、その場にいる全員が受け止めていた。

「これ以上そなたに辛苦を強いたくはないのだ。そなたは少女にふさわしい幸せを得るべきだ。よって、騎士団長の職を解く次第である」

おお、と誰かが思わず声を上げていた。その声に込められた、王の深い配慮に対する感銘を、声に出さぬまでもほとんどの人間が覚えているはずだった。だが、セイだけはそう思わなかった。

(違います。そうではありません)

そう言いたかった。セイの幸せは戦いの中にあった。敵を倒し、味方を救い、荒野を駆け抜け、大河を渡る。そんな戦場にこそ彼女の生きがいがあった。王が痛みを覚えた血と埃は女騎士の人生そのものであり、それを否定されるのは彼女自身を否定されるのと同じことでもある。少女の胸の中に荒れ狂う嵐があった。

(陛下は間違っておられる)

そう言いたかった。だが、騎士たる者、忠誠を誓った主人に反論するわけにはいかない。それに、王の言葉には確かに思いやりがあったのも少女にはわかっていた。行為は誤っていてもその動機は尊いものだった。だから尚更返事が出来ずにいた。

「タリウス団長。何故答えないのだ?」

ファンタンゴ宰相に催促されて、セイは心を決めた。

「陛下の思し召し、まことにありがたく頂戴します」

少女が心の中の苦しみを顔にも声にも出さなかったのは、忠誠心か誇りか、それともその両方のなせる業だったろうか。女騎士の返答に国王は、うむ、と満足げに頷き、

「これよりそなたは自由だ。何をしてもいいし、何処に行ってもいいのだ。そなたが安らかに暮らせることを余は心から祈っているぞ」

「ありがたき幸せに存じます」

声を張り上げながら頭を下げると、誰かが手を叩き、やがて広間いっぱいに拍手が響き渡った。一件落着の空気が場を満たす中で、セイの心は混乱の真っ只中にあった。

(どうすればいいのだ)

何をしてもいいし、何処に行ってもいい、と言われても、何をしたらいいのかも何処へ行っていいのかも、彼女にはわからなかった。騎士団に入ってから5年余り、ただひたすら戦いの日々を送ってきた人間に平和な世の暮らし方などわかるはずもないのだ。だから、今もこうやって顔を上げられずにいる。

(わたしはただ、これからもずっと陛下のために騎士の務めを果たしたいだけなのに)

そんなささやかな願いが否定された今この時から、セイジア・タリウスの第二の人生が始まろうとしていた。

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