005 天女は舞い降りた
2限後の休み時間に、頭が熱を帯びてボンヤリとするので、ジョウロの当たった周辺を触ってみたら、大きなタンコブが出来あがっていた。
「うわァ、日向の頭がスゲエ腫れ上がっているじゃんか。おまえ植木鉢を避けたっていってたけど、本当は当たっていたのか?」
朝倉はマジに心配して患部の様子を見ていた。
「当たっていたらこの世とはもうオサラバをしているよ。格好が悪いから黙っていたけど、実はあとで、プラスチックのジョウロがすぐに落ちてきてヒットしていたんだ。テテッ」
話をするうちに、再び頭に痛みが走るようになってきた。
「日向くん、保健室で見てもらってきたら? もしもひどいようだったら、病院できちんと見てもらわないとダメよ」
坂本も心配そうにそう言った。
「わかった。朝倉、すまないが俺が保健室に行ったことを、次の先生に伝えておいてくれ」
「おう任せとけ」
朝倉から返事を受け取ると、3限目の予鈴のチャイムがちょうど鳴り響いた。
こうして俺は保健室まで歩いて行き、先生に事情を説明した後に出された氷嚢とともに、俺は布団の中へ静かに潜り込んだ。
☆
よく眠ってしまい目覚めてみると、すでに5限目が始まっていた頃だった。タンコブはあったが熱はすでに引いていたようだった。
ベットを降りて立ち上がり、カーテンを開けてみると、保健室には人が誰もいなかった。
《先生は所用でただ今でかけています。御用のある方は職員室まで》
と書かれた、A4ノートを見開きにして文鎮を置かれた連絡帳が、机の上に置かれていた。
午後の陽が麗らかに射し込む保健室で、俺は窓の外から見える校庭の風景をボンヤリと眺めていた。そこにはちょうど、うちと隣のクラスで体育の合同授業が行われていた。
それを見ると予想をしていたとおりに、男子はキツいマラソンを走らされていた。俺はこの一件をラッキーだと思うことにした。
女子はどうやら身体測定で棒高跳びをしている模様だ。
その中で体操着姿でカチューシャをつけた高梨さんを発見した。さらに観察を続けていると彼女自身はおっとりとしていて、競争心や闘争心を燃やすタイプではないことが分かる。
これが彼女の生来あるべき素の姿で、そんな彼女に噂のある高い運動能力が発揮されるのか、はなはだ微妙な気にさえなった。
お、あれは。
いたッ!
もう一人の高梨さんを発見した!
その高梨さんは制服姿だったので、様子などからみて今日は見学なのだろうか。
ガラガラッ
保健室の扉が開いた。
「日向くん、もう起きていて平気なの?」
入ってきたのは保健の担当医だった。
「ええ、おかげでだいぶ良くなりました」
「そう良かったわ。でも頭のことだから病院には行くようにしてちょうだいね。先生はこの書類を取りに来ただけだからまた出かけなくてはならないの。あと少しで放課後なんだから、それまではゆっくりと寝ていてもかまわないわよ」
そういって、先生はまた慌ただしく出て行った。
視線を再び戻すと、制服姿の高梨さんの姿はもう見つかることはなかった。
見つけたのは再び体操着姿の高梨さんだった。さきほどまでのおっとりさは、今やすっかりと消えていた。
彼女はピンク色のゴムを取り出し、後ろ髪を結いてポニーテールを作った。
「次っ、高梨」
「はいッ!」
高梨さんは元気良く返事をしていた。
体育の先生は、位置について用意のできた高梨さんの姿を確認してから、胸元にあるホイッスルを手に持ってそれを吹いた。
ピピー
高梨さんは一歩一歩と助走をつけて走り出していく。
やがてテンポよく速度が増してきて、地面に棒を突き立てたかと思うやいなや、体は一気に空中へと押し出され、一本のしなる棒に変化をした。
棒を手放した高梨さんの体は、竿の規定よりも遥かに高い上空へ軽々と運ばれていった。空中には余分な力を抜いた美しいフォームで浮かんでいた。
それからはまるで、天女が羽衣を纏って下天から降る様を見ているかのようであった。
ああ、なんてきれいで、そして美しいと思えたのだろうかーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます