俺は天下の大泥棒

朝倉亜空

第1話


 俺様は泥棒だ。それも、天下一の大泥棒……、と言いたいところなのだが、実は全然ダメ泥棒……、塀をよじ登るにも、うっかり靴を落としてしまい、御用、開錠するにも違う種類の開錠用道具を持ってきてしまい、勿論それで開く訳もなく住人に見つかって御用、とまあ、今まで一度も盗みに成功したことがないのだ。トホホ……。

 しかし、それで諦めてしまうような俺ではない。失敗は成功の母、ある一つのアイデアが俺の頭に閃いたのだ。

 俺がやるからダメなのだ。盗みの達人にやってもらえばいいのだ。え? それじゃ、お前の報酬は無くなるだろうって。いや、無くならない。俺の報酬だ。俺が取りに入るんだから。どういうことかって。ふふ、それはこういうことさ。

 イタコと呼ばれる人たちがいることは知っているだろう。そう、死んだ人の霊を自分の体に憑依させ、その人に成り代わって言葉を喋ってくれる人たちのことだ。俺はそのイタコの能力を手に入れようと考えたのだ。

 ここまで言えば、もうお分かりだろう。そうだ、俺の体にその昔活躍した伝説の大泥棒、石川五右衛門の霊を憑依させ、そいつにちょっくら一働きをしてもらおうって寸法さ。ヘマな俺がやるんじゃねえ、俺の体を使って、石川五右衛門が盗むんだ。失敗するわけがねえ。どうだこのアイデア。凄えだろう。

 俺は早速、恐山へ向かい、イタコのばあさんに弟子入り志願を直談判した。どうもイタコ業界も昨今の若者離れによる人手不足のようで、こんなうさん臭そうな俺でも意外にあっさりと弟子入りを認められた。

 それから三年間、自分で言うのもなんだが、結構、真面目にイタコ的霊憑依の技術習得に俺は努めた。その甲斐あって、今では大概の霊は呼び出せるようになった。ここらでもういいだろうと思い、俺はイタコのばあさんに礼を言い、恐山を後にした。やっぱり自分には都会の生活の方が合ってます、とか適当なことを言ってさ。

 さて、家に戻った俺はいよいよ今夜、決行の時と決めた。俺に取り憑いた石川五右衛門がどこに仕事をしに行けばいいかすぐに分かるように、この町一番の金持ちの家までの地図を俺は俺の目の前に置いた。その家は山の手にあり、まるでちょっとしたお城のように馬鹿でかい。だから俺は地図上のその家をぐるぐると赤丸で囲み、さらに、「コノシロ、オタカラザクザク」と書き足しておいた。これなら石川五右衛門の労働意欲も湧くってもんだ。頼んだぜ、ゴエちゃんよ。

 俺は一度深呼吸して、息を整え、目を瞑り、モニョモニョ呪文を唱え始めた。

「イデ~ヨイデ~ヨ、イシカ~ワゴエモ~ンノレ~イ~~~」次第に俺の意識が遠のいていった……。


 ……朝、久しぶりに気持ちよく目が覚めた。そして俺は自分の目の前にお宝を……、み、つ、け、た!

 やった! やってくれた! やってやったぜ、この宝石の数々。ダイアモンド、ルビー、サファイア、どれもこれもキラッキラ輝いてやがる、それにこの硬貨、百円玉に五百円玉、五十円、十円、五円に一円、ん……? 札がねえゾ。あ、五右衛門の奴、お札は綺麗な絵が描いてある紙ぐらいにしか思わず、盗ってこなかったんだな。ま、まあいいわ。これだけやってくれりゃ上等よ。大満足よう!

 その時、玄関のインターホンのチャイムが鳴った。こんな朝早くに誰なんだろうと、俺はドアを開けた。

「警察だ。窃盗容疑でお前を逮捕する」警察手帳を見せながら、目の前の男は俺に言った。

「え、えぇ……、なんで、何でばれるんだよ。今回ばかりは上手くやっただろうがよ!」

「ごちゃごちゃ言ってないでおとなしくお縄になるんだ」刑事は俺の手に手錠を掛けた。

 何が何だかわからないまま、俺はパトカーに乗せられていった。

「いやー、完璧なテクニックだったなあ」刑事は俺に言った。

「壁の上り方、錠前の開け方、住人に気付かれない素早さと静かさ。ありゃ、間違いなく盗みの天才の仕業だったぜ。それがどうしたことか、触るもの触るものにベッタベッタと指紋だらけにしやがって、あれじゃあお前、逮捕してくださいって言ってるようなもんじゃねえか。とんだドジ踏んだな」


 石川五右衛門が活躍していた安土桃山時代、無論、指紋という概念はなく、五右衛門とて指紋を残さないようにとの意識をする筈もない。

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