真の願い


 そして、少年は。

 ―――八峡義弥は。

 己の過去を振り返って。

 暗い表情を浮かべながら鑑賞していた。


 其処は精神の世界。

 白い空間に、これまでの八峡義弥の過去が広がっている。

 椅子に座り、それを見ていた八峡義弥。

 過去から現在に至るまでの彼の物語が終わった今。

 八峡義弥の目の前に、人物が浮かび出す。


『ねえ』

『おれって』

『いらない子だったのかな?』


 そう問いかけて来るのは。

 小さかった頃の自分だ。

 八峡義弥は、目を伏せる。

 嘗ての少年とは、目を合わせたりはしなかった。


『そうだな』


 そう頷く。

 すると、少年は煙の様に消えて。

 今度は、ボロのランドセルを背負った少年が出て来る。

 それは小学校時代の自分だ。


『おれは』

『死んだ方が』

『良かったのかな?』


 八峡義弥はその姿に見向きもしない。

 ただ項垂れて、小さく頷いて。


『そうかも』

『……しれねぇな』


 そして少年は消え失せた。

 次に現れるのは、学ランを着込む金髪に染めた少年だ。

 それは、中学校時代の自分だった。


『誰も必要とされてない』

『こんな俺は……』

『存在しちゃ』

『いけなかったのか?』


 その悲しい問いかけに八峡義弥は目を瞑る。

 ただ、相槌を打つ様に首を縦に振ると。


『ああ』

『そうだと』

『……そう思ってた』


 そして少年は消え失せる。

 そして、八峡義弥は立ち上がる。

 カツカツと歩いて。

 八峡義弥は空白となった椅子に向けて問いかける。


『死ななきゃならねぇ理由は沢山あったのに』

『生きても良い理由は何処にも無かった』

『だから必死に探してた』

『俺が本当に欲しかったモノが忘れちまう程に』

『………俺は』

『無価値な存在だ』

『それを否定したかった』

『誰かに認めて貰いたかった』

『本当に、そうだったのか?』


 その問い掛けに。

 誰も答える事は無い。

 八峡義弥は天を仰ぐ。

 そして、空に向けて声を出す。


『―――違う』


 それは自分自身の問い掛けに対する答えだ。

 八峡義弥の願いは、そんな複雑なものじゃなかった。


『……違うんだ』

『俺は……本当は』


 そうして、八峡義弥は。

 彼女の言葉を思い浮かべる。

 八峡義弥に向けられた言葉を。


 ―――貴方は。

 生きていてもいいのだから―――。


 その言葉が。

 八峡義弥の全ての負を掻き消した。


『……知った風な口だ』

『俺の何を知ってんだ……』

『……あぁ、だけど』


 八峡義弥は振り向いた。

 其処に過去の映像は無く。

 あるのは、過去の八峡義弥、その幻影たち。


『そんな単純な言葉が』

『俺は……欲しかったんだ』


 涙を零して。

 八峡義弥は感情を吐露する。

 何度も何度も誰かに願われた。

 死んでほしいと言われ続けた。

 自分は不要な存在であり。

 無価値な存在であると言われた。

 そんな八峡義弥が欲したものは。

 本当に単純な言葉と願いだけだった。


『死ぬ為の理由とか』

『生きる為の理由とか』

『そんなもん』

『どうでも良かったんだ』

『俺はただ』

『誰かに「生きて欲しい」と』

『言われたかっただけなんだ』

『そんな事にすら……』

『俺は……気が付かなかったんだ』


 その言葉は。

 過去の自分を流してくれる。

 まるで、救われたかの様な暖かな笑みを残して。

 其処に居るのは唯一人。

 ただ一人の少女によって救われた八峡義弥だけ。


『生きる』

『生きるよ、お嬢』

『俺は……』

『からっぽでも』

『無価値でも』

『死ぬ理由があっても』

『生きる理由がなくても』

『必死になって』

『無様な姿になって』

『それでも』

『俺は生きる』

『例えそれが』

『過去の自分を……』

現在いまの自分を』

『捨てる事になったとしても』

『俺の全てを捨てて』

『生きて』

『―――足掻き続ける』


 心に決めた。

 八峡義弥は前を向く。

 地面を蹴って走り出す。

 己が進む道は、生きる為の道筋。

 歯を食い縛って。

 辛く、険しく、絶望しかない現実世界へと向かい出す。

 生きる為に――――。



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