第2章 学園抗争

2章1話「三大派閥会議」

「さて、今日の授業はここまでだ。抗争もほどほどにしておくように」


 鴉羽からすばね先生がそう言うのも無理はない。元々放課後が始まってしまえば、無法地帯と化してしまうこの学校だったが、金剛の失脚を皮切りに荒れに荒れていた。


 多くの生徒が奴隷に落ちてしまったために階級のレートが上がり、奴隷に堕ちた生徒らが暴れ回っている。

 任命権が500枚以上手に入ったことからも金剛の失脚が大きかったのだろう。


 俺の階級は第3位『公爵』に上がり、琴葉も任命権で5位の『将軍』に上がった。俺達は金剛と高杉を倒したという事実で恐れられ、もはや誰からも勝負を吹っかけられることはなくなった。


 教室を出ると、いつも通り琴葉が立っている。


「帰ろう、玲一くん」


 あれから1週間。最近は自分からも話してくれるようになった。雰囲気も随分柔らかくなり、表情の変化も分かる。彼女が普通の女の子に戻れたという証拠が見える度に嬉しくなる。


「え、えい」


 わざとらしい声を出し、琴葉が俺の腕に飛びつく。


「お、音波……?」


 顔が一気に赤くなるのを感じる。振りほどいた方が良いという理性とこの感触を終えたくない本能がせめぎあう。

 なにもできずにいると、琴葉はなにも言わずに離れる。


「す、すみません……つい……」

「いや、こちらこそ……ごめん」


 自分で言うのもなんだが、女子の扱いには慣れていないらしい。あの時抱きしめたのも雰囲気に呑まれたせいで、俺に勇気がある訳ではない。


「あの……お取り込みの……ところ……すみません……天蓮……代表ですよね……?」


 不思議な話し方をする女子生徒だ。夏も近いというのに首に赤いマフラーを巻き、髪には蓮の花のような髪飾りを付けている。勲章は銅色、つまり階級第4位『辺境伯』。だが、そんなに強そうな容貌ではなかった。



 とりあえず、音波は帰らせ、俺の家に行き、彼女と向かい合うように座る。


あずま緋鞠ひまりと……言います……単独派閥を……率いている者です……」

「用があるから、来たんだよな?」

「はい……突然で申し訳ないのですが……同盟を……組みませんか……?」

「同盟? 連合ってことか?」


 連合派閥、複数の派閥が手を組み1つの派閥となる。総倒れを防ぐためにも有力と言われている。


「はい……早い話ですと……私を貴方の派閥に……入れて欲しいんです」

「なんで、俺の派閥に?」

「この学園に……単独派閥は……ほとんどいません……西条派の武力併合の……影響です……」


 構成員の数が学園の9割以上を占める派閥ともなれば、武力行使でもしないとそこまでの数は揃わないのだろう。


「去年辺りは……酷かったのですが……今年はほとんどの生徒が……西条派に入ったお陰で……止んでたんです……」


 ちっとも止んでいるようには見えなかったが、それでも止んでいる方だったのだろう。


「ですが……先日の金剛翼の失脚で……単独派閥の……私の立場が……危うくなりまして……」


 階級第4位の保持者ともなれば、仕方の無いことなのだろうが、状況は深刻だ。


「私は……魔法が使えません……ですので……私から天蓮派に出来ることは……階級の譲渡だけです……」


 あまりメリットはないが、この事態を招いたのが天蓮派である以上断る訳にもいかない。


「分かった、受け入れる」

「では……こちらにサインを……」


 東は持っていた鞄から申請書を取り出し、俺に渡す。思ったよりも簡素な用紙で少し不安を感じるが、わざわざ偽造するメリットもないだろう。


「はい……これで大丈夫……です……」


 不意に、携帯からけたたましい音が鳴る。何事かと思い、携帯を開くと1件のメールが原因のようだった。メールを開くと、携帯が光り、音声が流れる。


『こちら理事会本部。現在第6区で行われている三大派閥会議において、貴殿が召喚されました。故に、30分以内に第6区にある学園裁判所に向かうように』

「三大派閥会議?」

「皇帝……王……女王の……3つの階級を持つ……生徒を代表とする3つの派閥が……している会議の名称です」

「てことは、かんなぎ派、西条派、天清派の3つってことか?」

「はい……生徒側の最高決定機関ですから……それに呼ばれたということは……危険かも……しれないですね……」

「……良い機会だ」

「良い機会ですか……?」

「ああ、俺が敵対してる西条春樹、それを傍観している天清麗華、そして、全ての元凶、かんなぎ遥香。全員の顔が見られる、願ってもない機会だよ」


 怖い訳ではない。だが、怖いなど言ってはいられない。


「急いだ方が……良いですよ」

「そうだな」


 俺は東を帰し、すぐさま電車に乗って、学園裁判所に向かった。




 裁判所に着くと、理事会の人が使用人のように立っていた。その人に話しかけると、無言で中に入る。中を進み、ある扉の前で止まる。


「この先です」

「ありがとう」


 俺はお礼を告げ、鼓舞するように勢い良く扉を開く。


「召喚に応じ参上致しました。天蓮派代表、階級第3位『公爵』、天蓮玲一と申します」


 左手に2人、右手に2人、目の前の少し高いところに更に2人、合計6人の生徒が俺を見るが、知らない人ばかりだ。


「来て頂き、ありがとうございます。巫遥香と申します。どうぞ、腰を下ろして楽にしてください」


 胸元に輝く透き通る勲章、階級第1位『皇帝』。とても強そうには見えないが、魔法の存在がある以上、見た目で判断することはできない。だが、思ったよりも低姿勢な言葉遣いにかえって不信感を覚えた。

 俺は言われたとおり、置いてあった椅子に座る。


「天蓮、お前を呼んだのは、俺だ」


 左手に座る男子生徒、胸には金色の勲章。


「お前が……西条か」

「ウチのが随分と世話になってるみたいだな、天蓮」

「ここは正式な場、個人的な諍いは後にしてくれますか?」


 俺と西条が火花を散らしていると、右手に座る女子生徒が声をかける。胸には金色の勲章を付けているため、恐らく『女王』天清麗華。艶やかな黒髪に上品なカチューシャ、お嬢様のような容貌をしているが、両目の色が違うことが異様な雰囲気を漂わせている。左目は黒、右目は紫とピンクを混ぜたような色をしていた。いわゆるオッドアイだろう。


「それもそうだ。本題に移ろう」


 突っかかる様子もなく、西条は対応し、続ける。案外素直な姿に違和感は感じるが、ありがたかった。


「今、この学園には奴隷階級の生徒が溢れかえっている。それを打開するために天蓮、お前の持っている階級任命権を全て、無償で譲渡頂きたい」


 無償で譲渡とは大きく出たものだ。あれ程の苦労を一瞬で水泡に帰すことになる。握る拳にも一層力が入る。


「断ると言えば、どうなる」

「我々への命令違反と取り、西条派は天蓮派に宣戦布告する」


 宣戦布告。下位派閥に命令違反があった場合のみ適用される。両派閥は戦闘を必ず行い、下位派閥敗北時には従来の制度が適用され、勝利したとしても上位派閥にはなんの損失もない。極めて不利だ。だが、ここに来て引き下がれば、俺達の味方になる可能性がある派閥達が天蓮派を見捨てるかもしれない。


「さぁ……どうする?」


 もう十分、戻れないところにいる。


「その要求は断る」


 西条は不敵に微笑み、皇帝の方を見る。


「では、交渉決裂ということで、西条派は宣戦布告ということでよろしいですか?」

「ああ、ルールは単騎決戦。ウチからは八尾やお瑞希みずきが出る」


 単騎決戦ということは1対1ということだろう。西条は隣に座っている女子生徒に目線を変える。

 秘書だと思っていたが、戦えるらしい。


「いけるか、八尾」

「決まってるでしょ、叩き潰すわ」


 そう言うと、彼女は俺を凄い形相で睨む。その自信に満ち溢れた目は見覚えがある気がした。


「日時は1週間後、場所は第5区の闘技場。来なくても良いよ。 その時は不戦敗にしてあげるから」


 彼女から感じる溢れ出るような自信は今までの幹部とは違う気がした。どちらかと言うと、時雨が持っているような、確固たる実力ゆえのものに感じた。


「天蓮さん。用は済みましたので、退出願えますか?」

「ちょっと待ってくれ」

「はい?」


 意外な返答だったようで、巫は不思議そうな顔をしている。


「わざわざ呼ばれたんだ、1つだけ聞かせてくれ」

「良いですよ」


 止められるかと思ったが、周りも物珍しそうに見つめている。この機会を逃すわけにはいかない。


「あんたは、これで良いと思うのか? 今の学園を見て、これで良いと思うのか?」


 聞く意味のあるものかと言われればそうでもない気はする。だが、これから戦う上でどうしても聞いておきたかった。


「良いと思います」


 巫は考え込む素振りもなく、淡々と答える。

 その答えが来ると分かりきっていても、少し気持ちが沈むのは多少なりとも期待していたのだろう。


「……そうか、わざわざありがとう」


 そう言って、俺は部屋を後にした。

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