2章2話「皇帝と騎士」

「瑞樹か。また厄介なやつが出てきたな」


 時雨に厄介と言わせるのだから、八尾やおの実力は相当なのだろう。


「ああ、かなり強そうだった」


 裁判所での彼女の姿は自信に溢れており、今までの幹部とは根本的に違う気がした。


「あいつは西条派に入ってからこの1年半の間、代表戦において27戦負けなしだ。何故だかわかるか?」


 代表戦というのはその名通り派閥の代表者同士の1対1の戦い。圧倒的な戦力差があるとはいえ27連勝というのは破格だ。


「代表戦の時だけ使える能力があるとか?」

「まぁ、正解といえば正解だな。あいつの持つ禁忌魔法『精神変動』、それが対人に関しては無類の強さを発揮する」


 禁忌魔法。また聞いた事がないものが出てきた。どうせ自分は使えないのに種類が増えるのはいかがなものなのだろうか。

 そんな俺の考えなどは他所に、時雨は続ける。


「内容もシステムも分かっていないが、特定の人間しか使えない特別な魔法。有名どころで言えば、天清麗華が持っている『神眼』、もしかしたら、前にお前が言っていたよく分からない景色が見える能力も禁忌魔法かもしれないな」

 

 自分には関係ないと思っていたが、案外あるらしい。確かにあれが魔法でなければ、あの精度はおかしい気がする。


「八尾が持ってるのは、精神系の魔法か」

「ああ。正直なところ対策法がない」


 精神的に鍛えるといっても1週間で精神統一の修行が完成することはないことはなんとなく分かっていたが、面と向かって対策法がないと言われるのは少々こたえた。


「単純に実力を上げるしかないか」

「八尾瑞樹は禁忌魔法を抜きにしても相当な実力者だ。1週間やれるだけのことをやっても追いつけるかは分からないぞ?」

「そんなの、いつものことだよ。でも、俺が引き下がるわけにはいかないんだ」


 琴葉の一件で俺も制度に対する意識が変わった。必ず、勝たなければ。


「そうか、いい顔をするようになったな」


 時雨の澄ました顔に僅かだが笑みが浮かんでいるようにみえる。


「そうなれば、1週間泊まり込みだ。鴉羽へは俺が連絡しておく。お前も音波に連絡しておけ」

「分かった。よろしく頼む」


 こうして再び時雨による地獄の1週間が始まった。




「ここ使ってもいいの?」

「はい……私が先輩から……譲り受けたのですが……1人では……どうしても……狭いので」


 先日、天蓮派に加入した東先輩。要らない物件があるので派閥の専用物件にしたらどうか?という提案があり、不在の玲一くんに代わって、私が来ていた。

 いつまで経っても、玲一くんの自宅で話し合いをするというのは彼にも迷惑をかけてしまいそうなので、新しい部屋というのはありがたい。


 東先輩が独特な人だということは玲一くんから言われていたが、この季節にマフラーを巻き、その不思議な口調が相まって、思いのほか独特な人だと思わされる。


「お茶を入れるので……音波さんは座っててください」


 そう言われ、大人しく近くにあるソファーに座ったが、いつもは入れる側なので、なにかむず痒い。


「しかし……案外自由な人……なんですね……代表は」

「そうかも、しれないね」


 ああ見えて、困った人のためなら危険を侵してでも戦う、売られた喧嘩は基本的に買う。今回も穏便に済ませられるところを断って、西条派と戦争をするというのだから、案外好戦的で自由なのかもそれない。


「そういうところが好きなんじゃないんです?」


 初対面だと言うのに、結構ガツガツ来るので少々意外だ。


「好きだよ。恩もあるし」


 この学園で生きるために口を閉ざして、言いなりに生きてきた私にとって、彼は鮮烈だった。彼に出会ってなければ、私が1人で誰かと話すこともなかっただろう。


「八尾瑞希との……戦いが終わったら……デートに誘ってみたら……どうです?」

「デート……か」


 もしも負けたら……ということはとりあえず考えないことにするが、それでも、デートというのは私には眩しい。


「良いじゃないですか……こんな学園だからこそ……普通の学生のようなことを……するのが一層楽しく……感じられるんですよ」


 確かにそれはそうかもしれない。この学園は制度のせいで、階級を譲り受けるために高階級の生徒に近づいたり、階級を傘に恋人を作るような制度違反すれすれなことをしてる生徒も多い。


「でも……私なんかがって、思っちゃうんだよね」

「事前に……調べさせて頂いたのですが……音波さんは……去年の事件の……被害者だそうですね」

「うん、そう」


 昔なら、それを言われるのは嫌だったか、今はすんなり認められるようになった。成長だろうか。


「気にすることは……ありませんよ……音波さんなら……代表がどんな人かも……分かっているでしょうし……」

「……それもそうだね」


 玲一くんは私を受け入れてくれた。きっと、彼なら大丈夫だ。


「好きになったら……早く告白した方が……良いですよ? 人間いつ死ぬか……分かりませんし」


 少々物騒だが、それは正しい気がした。


「とりあえず、今は玲一くんが勝てるようにサポートしなきゃ」


 今度は私が恩返ししてあげるのだと、意気込んでいた。



 1週間の特訓を終えた。やれることはやってきたつもりだ。

 一刻も早く寝てしまいたいのだが、音波に任せてあった物件を見に行くことにした。


 物件の近くに行くと、2人の女子生徒がそばに立っていた。音波が誰かと話しているのだろうか。暗くて良く見えない。


「1週間ぶりですね、天蓮玲一さん」


 声を聞いてようやくその正体に気づく。


「皇帝……かんなぎ遥香はるか

「はい。隣にいるのは私の護衛兼我が派閥の代表補佐、春川はるかわ静玖しずくです」


 春川と呼ばれた女子生徒は巨大な紫の鎌を持っており、いつ戦闘が始まってもおかしくはない。俺もすぐに抜刀できるようにしなければ。


「春川さんが鎌を携えていますが、戦意はありません。あくまで護衛です」


 そう言われても、やすやすと信じられるわけがない。西条派はあくまで皇帝派閥よりも下位。俺達は敵同士なのだ。


「信じられないというのであれば、それでも構いません。春川さん武器をしまってください」

「遥香ちゃん……そんなこと言って良いの?」

「はい。武器を持った人間に心を開くの難しいでしょうから」


 春川はそう言われ、鎌を地面に落とす。すると、鎌は光の粒子となって消えた。格納されたのだろう。


「私は戦闘に関しては才能がありません。さぁ、殺したいなら殺してください」


 そう言うと、巫は両腕を開く。なにかを隠している様子もない。


「私を殺せば貴方は皇帝。西条と戦う理由もなくなる。どうしますか?」


 確かにそうだ。俺が皇帝になれば、制度はなくなる。だが、ここまでされては俺も手は出せない。


「分かった。俺はお前を信用する」

「ありがとうございます。今日は貴方に2つ用があってきました」


 皇帝が自分の地位を脅かしてまでの用とは一体どんなものなのだろうか。少し嫌な予感がした。


「はい。1つ目はお詫びです」

「……お詫び?」


 予想外の言葉に間抜けな声が出る。


「はい。貴方に1つ嘘をついてしまいましたので」

「嘘なんてついてたか? 今日までロクに話してもいないのに」

「貴方は言いましたね。今の学園をどう思うのかと」


 裁判所でのことだろう。俺が巫に尋ね、彼女は良いと答えた。


「戦いに病み、病まぬために戦い、下位の者は搾り取られ、上位の者は追い越されないことを祈る、ここはなんなのでしょうか? 国家直属の学園と謳いながら、蓋を開けてみれば地獄。私はこの学園を良いと思ったことはありません」


 ようやく、この学園の生徒から当たり前の言葉を聞いた気がした。誰もがそう思っているはずなのだ。


「じゃあ、なんであんたはこの制度を潰さないんだ」

「かつて、私達は階級制度を打破するために戦ったことがあります」

「私達?」

「はい。かんなぎ遥香はるか春川はるかわ静玖しずく八尾やお瑞希みずき、そして、桐生きりゅう時雨しぐれ。私達4人は同じ派閥でした」


 同じ派閥。通りで八尾から時雨と似た何かを感じたわけだ。それにしても、同じ派閥だった人達がこうも綺麗に分かれてしまうことがあるのだろうか。


なだ弘一郎こういちろうという男に率いられ、戦いを挑みましたが、結局は理事会の圧力に負けてしまいました」

「圧力……?」

「ある日を境に代表は去り、時雨くんは天清麗華と手を組みました。その事実を聞いた瑞希は派閥を離反し、我々は理事会から皇帝の座を与えられた。しかし、その権威は西条の傀儡と化しました。私が弱いからです。私に勇気がないからです」


 その通りだ。誰もが強いわけじゃない。それでも、守りたいという意志が彼女にはある。だから、ここにいるのだろう。


「私は貴方に賭けたい。貴方の正義と信念に賭けたい。天蓮玲一、私と同盟を組みませんか?」


 不思議な気分だ。少し前までは恨んでいたというのに、助けたいと思っている自分がいる。作り話かもしれない、俺を利用したいだけなのかもしれない。それなのに放っておくことができない。


「俺から条件がある」

「なんでしょう?」

「俺が西条派を倒した暁には天蓮、巫、そして、天清との三派閥連合を組み、階級制度の使用を禁止する宣言を出してくれ」

「なるほど、制度を使って制度を止めるわけですか」


 天清が組んでくれるかは正直分からないが、今の俺が打てる最善の手だと思える。


「分かりました。その条件、天狼学園皇帝の名において必ず守りましょう」


 そう言うと、巫は隣にいる春川を連れて去っていった。


「おかえりなさい、玲一くん」


 東から譲り受けたという物件に入ると、もう遅い時間だというのに音波が出迎えてくれた。


「ただいま」

「お疲れ様。どうだった?」

「やれることはやった」


 そう言うと、音波はゆっくり何度も頷く。


「結果がどうあれ、私はついていくからね」


 声が僅かに震えている。音波だって怖いのだろう。


「大丈夫、勝ってくるから」


 音波を鼓舞しながら、自分を鼓舞しているような気もした。

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